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2014年7月 9日 (水)

焦土に漂いて 第2章 きっかけ3

NICUが全て空いた。
そのことは、マリアには少なからずショックではあった。
看続けていた彼にとって、それがいかに残念なことであったかは、理解できるけれど。
あの時、同情や悲しみを現すことを求めたのは、彼に責めを向けていたのかもしれない。
失ったことに対する、悲しみを現さないこと。
思えば看護にあたっている人は、亡骸を目の前にしても、立ち尽くすことなく坦々としている。
彼も病気に苦しむを子供達を看ていた。
素性を知るならば、あの時情動にまかせて詰め寄ったのは、同じ立場にある者としては、不本意なことでしかなかったか。
といって、死んでいくのを見慣れてしまうというのは、やはり受け入れがたいけれど。
普通の人なら生きていけるのに、あるいはもっともっと生の主張を続けていたいはずなのに、生まれ持った不具合で、命を失わなければならない。
失う無念さを思えば、込み上げてくるものを押し殺してなどいられない。
ともあれ、乳児の早期死亡については、それなりの対処方法が確率されつつあり、それとともに、NICUに入れられる子供も、少なくなっていた。
NICUの利用が減ることによって、ボブはその後、一般病棟の乳幼児の世話に時間を割いていた。
子供の患者は大人の患者と違って、病気を治療することだけを、気にかけていれば良い分けではない。
行動の自己規制は養われていない。
予期せぬ行動に出て、本人が思わぬ事態を招くことも有るし、ほかの患者に影響が出ることも有る。
また、相手をしてくれる人がいないと、情緒を不安定にして、治るものも治らなくなってしまう。
そのてんボブは面倒見が良く、子供達からも慕われていた。
いつもそうしてもらえれば、看護にあたる者も気は楽ではあるが、彼には彼の時間も必要なはず。
彼の故郷の有り様をみてとれるように、遅れているであろう、一般教養の習得も必要であろう。
作業以外の彼なりの時間ができるようにと、メディカルは時間割を組んだ。
このことが、不満になりはしないかと心配もされたが、ボブは素直に従い、与えられた時間を、彼なりに使っていた。
結果として、メディカルセンター以外の人との交流も増える。
マリアもまた、ボブと一緒にいる機会が増えていた。
そうなると、マリアと同伴することの多いルナも、機会があれば一緒にいることになる。
つまり、ボブの側にいたいフレリアに近づくことになる。
けれどフレリアは、ルナが嫌っていると知っているはずなのに、なぜかいつも自分から近づいていた。
そうした思いを捨て切れているとは思えないけれど、ルナは気にかけている様子は見せない。
ただ、フレリアは生物棟での作業が忙しいせいもあって、食事の時間に間に合わないことも多い。
ルナの願いはともかく、フレリアに対するマリアの気持ちは落ち着いていた。
なによりも、フレリアが来たことによって、あの反発ばかりしていたミリーが、多少なりとも向こう気を押さえてくれている。
その一方で、フレリアの真意を確かめたとはいえ、願いとはかけ離れた思いを聞いて、ルナは失望しているのだろうか。
でも、フレリアやサミールの言うことが否定できるわけではない。
あれ以後、フレリアと一緒にいる機会があっても、ルナは不信感を露にすることはなかった。
それからしばらくして、ある日の昼食時に、フレリアと同席する機会があった。
三席ずつの向かい合ったテーブルに、ボブがカレンを抱きかかえて、真ん中の座っていた。
あとから来たケイトは、妹の様子を気にして覗き込むと、ボブに右側の席に座るように促される。
ボブが食事時に来ることができなければ、ケイトはカレンと共に、マリアとルナと、四人用のテーブルで食事をしていた。
以前はカレンの面倒を見ていたルナとマリアも、今となってはその必要もない。
ボブと違う席でもかまわないのだが、ケイトとの関係もあり、今までカレンの面倒を見てきたルナには、彼女の様子も気になるところ。
そのボブはいうと、食事時に間に合えば、カレンを伴って、六人用の席を選んで座っている。
そのボブの座るテーブルの、向かい側左端にルナが座ると、マリアは気を利かせて彼女の隣が空くように右端の席に座った。
もちろん、ボブはフレリアと共に食事をするために、片側の席を空けているのであろう。
フレリアはというと、食事時に間に合えば、決まってミリーに同じテーブルに座るように誘う。
フレリアが同席を求めているとはいえ、ミリーには、他に思う人がいる。
そのフレリアが、少し遅れて食堂に入ってくる。
ボブの隣の席を引いて、カレンの御機嫌を覗き込む。
カレンが損ねていないことを確認したあと、フレリアは辺りを見回し、いつものようにミリーを呼んだ。
マリアが気を利かせて空けていたルナの隣の席に、及び腰に照れているミリーが座る。
食事をはじめながら、フレリアはミリーに、今日何をしているのかたずね、その感想をルナに振り、仲を取り持っていた。
事件はわだかまりを突きつけることにはなったが、傷ついた者が、それを問題にすることを認めない。
ミリーはまだ、当たり障りのある物言いだが、時にフレリアに一笑されると、多少なりとも考えを及ばすようにしてくれる。
力によって、困難を強られたルナにとって、その誇示には不快感を向けるところだが。
力を求めることに執着していては、遠ざけたい人と思うところ。
荒廃した秩序の中で、生き抜いてきたことを思えば、戦うことに執着していたい彼の心情を、全て否定できるものではないけれど。
殺傷を向ける人と居合わせた、信じる人を失ったあの時を思えば、認められることでもない。
ただ、周囲は警戒心が強く、その中にあって、求めてくれる高揚感は、素直で悪い気はしない。
気心は以前から知っているものの、粗野を見てきた人には、まだ信じることができないのが正直なところ。
力の誇示に執着しなくなった今は、もう少し親しさを表すのも。
以前なら、諫めるためにルナの方から近づいていたが、フレリアが間を取るようになってからは、ルナから話しかける機会も、ほとんどなくなっていた。
無論、好意を寄せてくれる人がいることは、喜ぶべきことではあるが。
だからといって、周囲から押し付けられる境遇は、好意を喜び合える状況ではない。
おりしも、海外の復興状況を、食堂に備え付けのテレビが映し出していた。
いつもはざわついている楽しい一時も、このときは妙に静まり返っている。
世界の状況が、いや、故郷の今が、どのような状態であるか。
バンクに問い合わせれば、写真や文字情報としてなら登録してあるのだが。
その情報量は限られていて、知りたいことが全て得られるわけではない一方で、状況を見れることに勝れるものはない。
限られた時間内での放映であるため、時たまの食事時、しかも映し出されるのは、ほんの二三の地方だけだった。
通信・交通手段が、未だ充分に回復していないため、復興の遅れた地方を、訪れる機会が限られるからだ。
そうした状況で、映し出される映像の地域から来た人がいる。
映し出された情景を見つめ、記憶にに残っている音を聞き分けるように、耳を傾ける人。
今の暮らしに慣れてしまって、向こうに取り残されている者を嘲笑う者。
過去から逃げるように、顔を垂らして食べることに専念する人。
それぞれの注意の向け方で、放映に気を掛けている。
故郷に残って、復興を求めている人を見れば、立ち止まってなどいられない。
この研究所の成果が、他の地方の援助に必ず結び付いていく。
ルナとマリアは、研究所にいる人みんながが、出身地の復興状況を気にかけてくれればいい、と思うけれど。
その地方の暮らしぶりや、持ち合わせている気性によって、そうとばかりも言えないのは悲しいこと。
マリアはといえば、病の流行った地方であったため、どれくらいの人が生き延びているか気掛かりでならなかった。
が、以前の放映でも、復興は順調に進み、患者も減っているようなので、胸をなで下ろしている。
一方のルナの方は、限られた人しかいないところで育っていた。
後になって復興した所に移住して、それほど残された人について、気にかける理由はない。
むしろ、育んでくれた緑が、復興と共に消えていくことが残念であった。
離れるときに眼下に広がっていた緑は、後に開発が進み、住居が所狭しと並んでいた。
後者は喜ぶべきことだけど、前者を思えばやり切れない。
だからといって、一方を取って、一方を責めるというのは、それぞれ立場で別れることであり、求める結論が得られないのは、ルナも分かっているけれど。
今、映し出されている風景は、今まで見たことがない。
かなり北の地方なのか、寒々とした風景が広がっている。
道路こそ付いているが、見える多くの建物は朽ち果てていて、しっかりした建物がまばらなところから、復興が遅れているのが見て取れる。
車から撮っているのだろう、正面の風景が左右の画面端へと去って行く。
その前を走っている車は、華やかな図柄や文字が描かれ、平和の訪れを伝えに向かっている様に見える。
見慣れた車から、慰問のために向かっていることが、見て分かる。
走っていく道の先には、立派だが古ぼけた建物があった。
かなり崩れているとはいえ、雨風をしのぐぐらいのことはできそうか。
門を通って庭に入る。
いつもの様に、復興作業にあたっている人の住居か、どこかの孤児院なのだろう。
昔は国の施設か、もしくは大金持ちの住居だったのだろうか、崩れているとはいえ、重厚な造りがあちこちにうかがえる。
広い庭、大きな石作りの池、階段をあしらった入り口の高い玄関・・・。
それも荒れ果ててしまっては、雨風をしのぐくらいにしかならず、生活の場としても、多くの人が頼りにできる場所とは言えない。
まばらな人影はすぐに人数が増え、車の周囲を取り囲んだ。
車に乗っている者は、それぞれ外に出る。
それからそこの代表者を求め、何かを話していた。
やがて、車の後ろの扉が開けられ、荷物を運び出す。
いくつかの箱は、蓋を開けずそのまま建物の中に運び込まれていく。
きっと、生活必需品なのだろう。
残った箱は蓋を開け、集まっている者に配り出した。
とたんに人垣が波立ち、伸びた手がつかみ合い、食べ物に渇望した思いが、争いとなって奪い合う。
なんて虚しい光景。
といって、安心もできる。
まだ生に対する希望を、捨ててしまってはいない。
餓えて身動きできないほどに痩せこけ、与えられるものさえも拒んでしまう。
そこまでのことはないから。
でも、与えられることだけを望み、自分は何もしようとしない人もいるのは・・・。
中の一人は、かなりの物を抱え、周囲の者から責められながらも、人込みの中から抜け出した。
カメラを持っている者は、その人にレンズを向けて、後を追った。
建物の中に入り、かなり奥に入ったところで、小さな部屋に入る。
後に着いて入れば、中にはまだ幼い子供が数人、肩を寄せていた。
その人は、持ち帰った物を、幼い子供たちに分け与えている。
ただ、その子供達の有り様には、一目みて不安を持たずにはいられなかった。
「やっぱり」
今まで静かに食べていたフレリアが、ぽつりと言った。
それからボブの方を見たが、ボブは気に止める様子はなく、黙々と食べ物を口にはこんでいる。
「なに?」
フレリアのそぶりに、マリアは訊いてみる。
「私たちが住んでいた所なの」
「そう」
いつものように、フレリアはにこやかに答えているけれど・・・。
ここに住んでいたのなら、そして、今見た子供らを思えば、彼女の笑みを疑いたくもなる。
まだ子供達は、困難から抜け出してはいない。
一目でそうだと分かる情景に、暮らしてきた辛苦を省みてはいないのか?。
相槌は打ったものの、マリアは考えを止めてしまった。
だって、ルナと口論したときのように、自分の考えが認められなくなってしまうなら・・・。
「あの人ね、ボブの代わりをしてくれている」
「代わりって?」
食べていたミリーが聞いた。
「ボブがしていたの、あんな風に、病気になって追いやられた子供達のために」
フレリアには懐かしいのだろう。
どことなく瞳をキラキラとさせて、映し出される映像を見つめている。
そのことは、マリアには気に入らなく見える。
復興がさほど進んでいない状況、与えられる物に群がる人々、健やかさから遠のいている子供たち。
希望が有るとは言えない情景を見つめて、なぜそうも笑みを浮かべていられるのか。
聞けば答えてくれるのか?。
いや、答えてくれるくれないにしても、彼女の気持ちには触れない方が・・・。
テレビが映しだす映像も、一つの地域はほんの五・六分、それが二つ目三つ目と進み、やがて放映が終了すると共に、食堂はいつものざわめきを取り戻す。
放送とフレリアを交互に見ていたマリアも、心の内に思うざわめきはふせて、食事を再開した。
注目すべきものが無くなり、他の者も同じように、食べ物を口に運ぶ。
フレリアも、何度か口に運んでいたが、首を傾け考え込む。
少しして、フレリアは顔を上げ、ねだるように体を前に傾けて訊ねた。
「ルナは心の内を知ることができた。そうよね」
本人にしてみれば、取り合うものでもなく、黙って食べ物を口に運んでいたが、
「なに?。今になって」
他に答える者もなく、マリアは問うその目の輝きに向かって訊ねてみる。
「うん。それから思いを伝えることもできた」
訊かれたフレリアは、含みを持ちつつもそのことには答えず、その後すぐに、ルナの持ちえる能力を続けた。
誰もが知っていることを、今さら確認をとろうとするフレリアの言いように、マリアだけでなく、他にいる者さえも言葉が無い。
このテーブルだけが話し声が無くなり、そのことがこの場の違和感となって、周囲の者が素知らぬふりで関心を向けている。
少しの間、誰も話しだせはしなかったが、待ちきれない風で、フレリアから声が上がった。
「ねぇルナ、私の記憶。ミリーに伝えて」
ルナを見つめていたフレリアは、小首を傾げながら、にっこりと笑う。
「ん?」
突然のことで、フレリアが何を考えてのことか、ミリーには分からなかった。
「あなたのしたいことなら、私に取り合わなくてもできるでしょ」
以前に現した険しさはなく、他の人にしている受け答と変わらない調子で、ルナは静かに返事を返すのだが。
取り合いたくないからこそ、静かに返したのか。
「あなたにも伝えたいから」
「私はいいわ」
「私は伝えたいの」
フレリアは強く主張しているわけではなかった。
なんとなく甘えているようにも取れる。
そうしたやり取りを聞いていたマリアが、両肘をテーブルについて、二人の会話に参加する。
「あなたのことなら、よく聞かせてもらったから必要ないかな。でもボブのことはもう少し知りたいわね。もしボブのことを伝えてくれるのなら、私も参加させてくれる?」
話はしたくない。
ただ、虚空を見つめていた眼差しの有り様は、知っておきたかった。
ルナはスプーンを置いて考え込む。
マリアが知りたいということには、フレリアは気にかける様子はない。
フレリアはマリアを見ることもなく、にっこりと笑ったまま、ルナを見つめている。
「いい機会だと思わない?、私は彼に興味があるの。もっとも子供たちの看病をしていたのだから、良い思いでは期待しないけど」
「ねぇ」
ルナの心情はよく知っているけれど、二人がどんな暮らしをしてきたのか確かめたい。
マリアは頼み込み、フレリアが乗じて甘えた声を出す。
横でミリーは、成り行きを見守っていた。
ミリーにすれば、フレリアの経歴に、興味がないわけではない。
といって、映し出された風景は、彼らがいかに苦労して暮らしていたか、思いを巡らす必要もないほどの有り様だ。
それぞれの食事もほぼ終り、三人はルナがどうするか見守っていた。
「でも、なぜミリーに伝えたいの?。あなたはもう、充分彼とは仲良しでしょ?」
彼が話し慣れ親しそうにしているのは、気にならないわけではないが、素直な高揚感を感じていられるのは、悪い気はしない。
フレリアの話しかけが、功を奏してからだとは理解できるとしても、そうまでして、思いそのものを彼に伝えねばならないのかと。
「言葉だけでは伝わらないもの。だって、ミリーは良い人。でも、人のこと思うのは苦手だっだから、言っても聞き入れてくれなかった。今は、私のことを少しでも思ってくれている」
思いを寄せていることを、気に留めていたいと思うのに。
話すことに引っ掛かるところがあるとはいえ、心の内を知らせると言うなら、疑いを向けても意味も無い。
「そうすることがミリーのためになる。うんん。他の人達のことを思う大切さを理解してくれることは、ミリーのためになるはず。だってボブは、私や子供達のことを、精一杯思ってくれていた。生きる希望を与えてくれたから、私にも子供達にも、ボブは大切な人に思えた。だって、嫌われるより、求めてもらえる方が良いもの」
ミリーの変わりよう・・・。
「そうよねぇ、ミリーも少しは成長したのかしら」
悪い評価を向けられても仕方のないこと。
マリアの疑うような受け答えを聞いても、ミリーは仕方なさそうに口をつぐんでいる。
「気は乗らないわ。でもミリーが落ち着いてくれたことは、評価してあげても良い。あなたの言うとおり、もっと前向きになってくれるなら、するべきかもしれない」
まだ踏ん切りをつけていない歯切れの悪さに、既知の仲を知っているマリアが後押しをする。
「ミリーに見てもらいたことだから、大丈夫のはずよ」
ルナは、ちょっと歯を食いしばったようにも見える。
フレリアは、許しをえたと受け取って、一層瞳をキラキラさせていた。
時間をおいて、何も言わないままのルナが、テーブルの上に手を伏せておいた。
「ミリー」
きょとんとしているミリーに、フレリアは声をかける。
マリアは意図を察し、ミリーの手を取ってルナの手の上に差し出した。
「えっ?、あの」
とっさにミリーは手を引こうとしたが、フレリアはその手をつかみ、ルナの手の上にのせた。
「動かさないで」
あわてて手に力をいれているミリーに、フレリアは優しく注意する。
気心から、近づくことにさえ躊躇があるミリー。
突然のことに驚いたけれど、引っ込めたい手も、まだフレリアの手が握っている。
照れ臭ささに引っ込めたかったが、ミリーは期待を持ちつつ力を抜く。
そのあと、マリアは覆い被せるように、自分の手をフレリアの手にのせた。
柔らかな手。
今ミリーの手は、ルナとフレリアの二人の手に挟まれていた。
好きだと思っていた人の手、それだけでも高揚してくる。
手を引っ込めたくもあり、できれば握りしめたいとも・・・。
そのこともそうだけど、フレリアの心の内を見れるのは、多少なりとも期待感はある。
だが、周りで彼女らの会話に耳をそばだてていた者は、好奇の目を向けながらも、警戒心を持たずにはいられなかった。
話からすれば、フレリアの心の内を知る好機であるが。
当然のことながら、実行に移せば、ルナに責められることも分かっているが。
それができる一部の者はともかく。
むしろ、その能力を持ちえない者の方が、フレリア達の動向に注意を向けていた。
ルナ、あるいは、その他の人の思いを知る能力を持つ者。
知られたくない隠し立てが、彼女らによって暴かれた事実によって、不安感を感じずにはいられない。
事実としては、人の心には誰でも、多少にかかわらず疾しさは有り、時にルナにより矯正を求められる。
だが、この研究所の目的は、人の心を知ること、人の心に介入することを研究することを、主眼に設立されていた。
その中心機関であるメインに、ルナは中核をなし、ケイトはその補助の役割を担うべく、その能力を具現化する技術を研究している。
その技術が確立されたなら、自らの内に思うことは、多くの人と共有することになるという。
しかも社会的に不本意とされる思いには、ルナが叱責すると同様に、その技術によって、矯正することが可能になる。
つまり、知られたくない隠し立てが、いつも監視されている上に、いつでも介入されることになる。
よって、非道な、あるいは反社会的な思いを持つだけでも、他から攻められる可能性となる。
そのことは、他に知らせたくない思いも、自分だけの心の内に留めてはおけないということ。
そんなことは、誰も望みたくない。
暗黙に研究所内では、ルナとメインの排除が願望になり、同時にそのことは望むことはできない。
いずれ、技術が確立されれば、日常的に、心は他人に侵されるのか?。
けれど、人にはそれぞれの理解がある。
心を知られてしまうということに、露骨に警戒心を表す者もいれば、さして気に留めない人もいる。
それでも、他人の詮索は、好き好んでしている人は多いのに・・・。
ミリーはといえば、自分の心が知られてしまうことに、あまり関心を持っているようには見えない。
一方、彼女の気持ちを汲むような態度を、以前それほど見せていたわけではない。
一方で、自分の気持ちを汲んでもらえないことに、腹を立てていたミリーだが。
こうしてみると、人の心に対する思いは、自分に向けて欲しいと思うにしろ、そうでないにしろ、あるいは人に向ける時にも、一方的なところがあるのだろう。
そうして、人は常に争いを絶やすことはなく、その解決として、その技術の実用化を切望することになったのだが。
期待される技術の開発が進むにつれ、不快感と不信感が拡がっていく。
人の思惑には、不条理が付きまとうものなのか。
それでも人は、他人の心の内を詮索したいものなのだ。
彼女の手の感触を感じ取っていたミリーではあったが、事実を確認するように、まばたきしようとして閉じた目は開かず、できた闇の中に寒々とした風景が広がった。
これがフレリアの記憶なのか?。
ルナに身体の感覚を支配されているのか?、はっとしたつもりだが身動きが取れない。
微かだが、風景の広がりに合わせて、ざわめきが聞こえてきた。

「配給車が来るぞ!」
「ほんとうか?!」
「見間違うもんか、二階の窓からはっきり見えた」
(配給車?)
ミリーはここの四人の中では、もっとも恵まれた環境で育ってきた。
故郷も早くから復興し、ミリーが物心つく頃には、町は一応の平和な暮らしができるようになっていた。
配給車と聞いて、なぜこうも沸き立つのだろうか?。
送り込まれる情景を目前にして、最初は多少戸惑ってしまったが、さっきの放送、あるいは仲間の内にもかいま見たことであり、物乞うる人の衝動は、そう理解しがたいものではなかった。
「またあいつが邪魔するのか?」
「たぶんな」
「でかいずうたいして、横取りばかりする!」
「ああ、あのでかさは邪魔だな!」
幾人かの男子のあとを追い、建物から出て見えた風景は、先ほどの放映と酷似している。
が、風景が左右にひょひょと動くのは、カメラではなく人の目線なのだろうか?。
だとすれば、これはフレリアが見ていたものなのか?。
男子達は立ち止まって、しばらく立ち尽くしていたが、少しして車がそこに来た。
わっと取り巻き、降りてくる人を待つ。
車に乗っていた人は、降りるとすぐに後ろのドアを開け、まずは閉じられた箱を降ろして、ここの代表者らしい人に渡す。
そのあと、車から籠を持ちだし、周りにいる者に配りはじめた。
周囲にいた者はわっと群がり、差し出した手が籠を引っ張りまわして、配っている人は立っているのさえ容易ではないようだ。
何十人という群集、その中には少女とおぼしき人もいるが、ほとんどは男子ばかり。
しかも、年少者はいない。
奪い合うという状況ではないにしろ、人込みの中で、与えられる物を得るには、ある程度の力量が必要なのだろう。
力無さに、手が届かなかった悔しさが、今までのミリーを支えていた。
その人込みをかきわけ、配っている人に近づいていく者がいた。
「またおまえか!」
「取りにこれないものにやる必要があるか!」
細い腕がその者の行く手を阻もうとするが、大柄なずうたいの者は、かまうことなく籠に向かって前進する。
「おまえなんかに!」
一人の男子が、そいつの服をつかんだが、力負けしているのか引きずられてしまう。
籠までもう間近。
その男子は、今度はそいつを思いっきり突き飛ばした。
前に出ようとしていたため、余計な振りが付き、籠に近づき過ぎて、周囲にいたものは押し退けられてしまう。
「おまえばかりが!」
「のけぇ!」
罵声、乗じて手が伸び、そいつをつかんだり殴ったり。
そいつはあたりのことはかまわず、いくつかの品を抱え、それを守るように身体を丸めて逃げ出していく。
抱えているものを奪おうとする者もいたが、それほど抵抗無く群がっている人の中から抜け出した。
こちらに走ってくる姿はボブだった。
彼はすれ違いざま、抱えていた一つを放って、建物の中へと走っていく。
放ってくれた物を受け取り、その後を追えば、ボブは抱えていたものを年少者に分け与えていた。
弱々しく差し出す小さな手に、抱えていたものを小さくして、みんなに行き渡るように分ける。
こんな苦境を強いられても、子供の顔には笑顔がある。
子供達を育む社会を築くべき者は、こんな生活を強いてしまったのに・・・。
もし平和なら、この子たちは、笑顔を輝かせてはしゃぎ回っているはずなのに、今は・・・。
ミリーにすれば、関わりを持ちたくないのが正直なところ。
こんな苦境の中では、誰も生活したくないから。
ふとそこから風景は変わり、雨音の響く部屋の中で、誰かの身体が間近に見えている。
なにか近すぎる。
見えているものが、かなり斜めに見えていた。
フレリアが、誰かによりかかっているのか?。
視界にかかる髪に、その人のらしき指先が見える。
視線は上向きから、その人の膝の先に向けられる。
少し滲みかげんにあたりが見える。
その人の膝の先に、幼児の横顔が見える。
身動きのない血の気の失せた身体。
それを見ないようにと、しきりに視線をその人の胸に移していたが、繰り返し動くことの無い幼児に目を向ける。
「帰ってこないの?、命って・・・」
「戦争が神様を必要としたのなら、命が奪われることに、なにもできないよね」
血の気の失せた肌が、再び血の通うぬくもりを取り戻すことはない。
マリアは歯を食いしばる。
幾人もの人が死んでいく中で、フレリアの問いかけに答えられはしない。
フレリアも、死に逝くことが、どういうことかは知っているはず。
ただ、フレリアを抱いているであろうボブは、身動きすることはなかった。
雨音は冷たく響き、亡骸を前にして語り合う言葉も無い。
かすかに震える風景は、さらに死を漂わすように、フレリアの心を冷やしていくのか。
ボブは抱いたまま、みすぼらしい毛布にくるまった。
少しの間それぞれを見つめていたが、それからまぶたは閉じて、次の風景に変わった。
ボブともう一人、そう、集まっていた中で、ボブを突き飛ばした少年がいた。
「さっさといっちまえ」
「ああ」
「おまえがいなくなればいいのさ」
「そうだね」
「そうさ」
「僕がいても、死んでいくばかりだから」
「おまえ、医者のつもりか?、ふん!、生きれない者にどんなものを与えったて、命の足しにもならないだろ!」
「だろうね」
「それよりも生きているものが、命の足しにした方がどれけだ良いか」
「死んでしまうのは分かっているけどね」
「へん、それなのにやるのか?。ご苦労だね」
「それもできなくなるね。ふだんの食べ物だって、減ってしまうし」
「やれやれだよ。これで俺らの取り分が、多少でも増えてくれるからんな」
「僕がいなくなると、死んでいく子が増えるかな?、死んでしまったら早く埋めないと、たまらなく匂うから」
「そんなこと知ったことか!、気にするやつが片付ければいいだけさ」
「だれも気にしないさ。みんな動けないままお腹をすかせて、あそこに転がったままになる」
「どうしろってんだ!、俺が生きてさえすれば!」
「そうだよ、あの子たちはみんな病気を持っているから、みんな時間をかけて、苦しんで死んで逝けるから。君がそれを望むなら・・・」
「そんなことは言ってない!、俺に関わり合いも無いのに何を押し付けてんだ!。お前が手をかけたって死んでいくんだろ!。死んでいくものと関わっていられるか!、俺は自分の力で生きているんだ、自分の力で生きれないなら、死んでもしかたないだろ!」
叫び声は鋭く、耳を被いたいとさえ思う。
それも環境のせいであるとはいえ、それほどまでに、戦争は凄惨な境遇を強いるものなのか・・・。
抜け出せない生活、焦燥の念がはち切れ、全ての不満を向けるように。
怒り切った叫びに、ボブは左右に首を振った。
そのまましばらく黙っていたが・・・。
向かい合っていた彼から遠のくように、すれ違って彼の後ろに立ち止まった。
「いつ死んでもおかしくないさ、誰でも・・・。生きているならみんな。今すぐかもしれないし、遠い未来かもしれない。でも今何かをしてあげなければ、あの子たちはすぐに死んでしまうんだ。僕たちだって、今何かをしているから生きていられる。あの子達には死は近くにある。でも何かをしてあげられれば、死は少しでも先に延ばせるかもしれない。それをしなければ死んでしまうんだ。だから、関わり合わないことを望むなら、あの子たちは死んでいけるから・・・」
彼からの反論はなかった。
ボブもまた、それ以上言わなかった。
彼の反応も確かめもせず、そこから立ち去っていく。
静けさは肌寒く、まさかこのままあの幼子達に死が訪れるのか?。
彼はと言えば、下げた手を握り拳にして力を込め、肩を震わしているのが印象的だった。
温かいとはいえないボブの言葉、けれどそこには、ボブがここからいなくなることによって、死んでいく子供の未来がある。
その子たちのために、誰か代わりの者を探さなければならない、ボブの思いが見える。
オーバーラップして、先ほどの放映が現れた。
人を押し退け、得られたものを抱えて子供のもとへと走る彼の姿。
"やっぱり。"
代わりを求めたいと希望した、彼は子供たちのためにしてくれている。
与えられる物に笑顔で答える子供の姿。
それを見渡した後、いつもの食事時のざわめきが聞こえ、目の前にそれぞれの顔が見えた。
フレリアはにっこりと笑う。
「みんな生きていてほしい、ボブがそのために生きていたように、残った彼が引き継いで、子供たちの笑顔を守ってくれている」
いつのまにか、ボブはフレリアの傍らに立っていた。
「すばらしい人、一緒にいれば、命を守ってくれると信じれる。ミリー、あなたは力を持つ人、あなたが命を守ってくれる、そう信じれるときが来ることを願っているわ」
え?。
フレリアはそう信じているのだろうか?。
立ち尽くしていた、あるいは、彼女の怪我を心配することの無かった彼の姿を思い浮かべれば、死の狭間を経験させられてもなお、信じているフレリアの姿に疑いを向けたくもなるが・・・。
フレリアは席を立って、ボブに身をよせている。
「私には、私を思ってくれている人がいる。私のために、温もりを分けてくれる人がいる。いつかあなたもそうなれるはず」
なぜこうも、ミリーのことを思っていられるのか?。
今フレリアは、思う人の側にいるのに。
フレリアの話しの流れを、不思議に思うルナとマリア。
けれどボブが腕を回すと、フレリアはいっそう身体をよせて、にっこりと笑って見せる。
そんな二人に、これといって返す言葉も浮かばないけれど。
ボブは歩きだし、フレリアもそれにならう。
二人はそろって食堂を出ていった。
ふとみれば、ボブと一緒食べていたカレンが、残された食器を片付けていた。
まるで打ち合わせていたように・・・・。
フレリアが来て、ミリーの態度は軟化した。
そのことは、周囲にいる者にとっても、ミリーとの緊張を和らげるものであった。
でも、なぜこうもミリーとかかわりを持つのだろう?。
いやそのことだけではない、嫌われていると知っているのに、フレリアはなぜ、ルナを求めるのだろう?。
はっきりとした思いではないけれど、ルナとマリアの心の中に、そんな疑問がぼんやりと住みついていた。

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