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宇宙人が地球を侵略してきた!

宇宙人の地球侵略を少し考えてみたので愚痴る。
が、宇宙人ということでは科学者とか評論家とか創作とかのエライセンセイは当て糞が無いので自分で考えた。
結論は、宇宙人は地球に来ない
創作系だと、「人」がその解決ができるとかあるいはその代行があるとかとか、いずれにしても「人」が関わることが必須。
まぁ、解決してくれるのには「なんらかの人格」という場合も有ろうが。
自然現象・・・というのも有った・・・そんな御都合主義でええんか~?。

アメリカ軍・・・ロシアでもユーロでもどこの軍でも同じことだが、当然ということがクエッションなことだが、対抗できる武器を想定して、というのがお笑いごと。
これも当然のことだが、宇宙関係の専門家のエライセンセイというのが、「宇宙人」ということに科学的理解があるとも思えん。
宇宙人は地球に来ない、で理由は愚痴っている。
「軍」ということでは、もし宇宙人が攻めてくるとすれば、「宇宙人」とは遭遇しないと考えるのが妥当だが。
それを「宇宙人」が来て戦争すると想定するのは「軍」関係者が戦争の素人ということになる。
今時、それ戦争開始、と言うときに、敵陣とか戦地に兵員即刻送り込むわけもあるまい。
まずミサイル、なるべく高々度とか夜戦の戦闘機の奇襲。
それで人的損失の評価の後で兵員侵攻。
まぁクリミアの類のように、速攻占領下にしないところなら話は別だが。
いずれにしても、「宇宙人」つーか不測の事態、つまり何がおこりえるか分からない上に、人間が好戦的でコミュニケーションということがまるでなってなくて諍うばかりの信用ならないもっとも下劣な知的生物なのだから。

先の「現代の戦争は、まず人的被害の軽減が最優先」ということからしても、「宇宙人」が地球を侵略するとしても、「宇宙人」が直接に攻めてきはしないと断言できるあ。
だって、それだけの頭数そろえること事態がムカシイズイはず。
だいたいもって、戦争ができるだけの頭数揃えて数光年を越えて来るような相手に対して、人間が対抗できる戦略兵器なぞ、科学的技術からして造りだせるはずもない。
宇宙人は地球に来ない、のは愚痴っているけれども、それでも「宇宙人」が地球侵略をすることを妄想ってみた。
まず前提は「地球文明(技術)」とは接触しない、のが良策と言うかセオリーというのが前提となる。
宇宙~戦艦~ヤーマート~とか「中間子爆弾」なんてよーわからんが、イデオン 準光速ミサイル・・・コストがなぁ・・・。
破壊とか殺戮とかと言うのは知的水準が低い証左なので、やっぱり「宇宙人」の侵略は「想定外」だと思うが。
それでは話が進まんので、妄想った「宇宙人」の侵略を愚痴垂れる。
だいたいもって、スパイつーか、適地の情報収集はしていくもの。
だいたいやな~、地球のことは宇宙に向けて地球放送局大々的に放送中・・・情報ダダ漏れやちゅうねん。
ということからすれば、おいらが常々言っているが、モンジュとか六ケ所村とかあるいは世界の使用済み核燃料貯蔵施設爆破・・・隕石でいいな・・・だからこういうのは知的水準が低い。
まぁ、いずれにしても、人間は破滅的なことを自ら抱えながら綱渡りしていると言うのが地球の状況なんだけど、その当事者の人間にはその意識が無いという無責任で恐ろしいもっとも下劣な知的生物と言ったところ。
まぁ、いずれにしても、「宇宙人」が破壊的・殺戮の行為をしなくても、人間側の方でそういう事態を起こしうるのだから、「宇宙人」側も破壊的・殺戮があることを「想定」して地球を侵略する、と「想定」すべきか。

さて、もっとも下劣な知的生物である人間が姑息にも科学技術なんぞ持っていることで、接触をすれば糞面倒臭いことは「宇宙人」には分かりすぎるほど分かるくらいの戦争・殺し合い・騙し合いの宇宙拡散放送している。
その事実からすれば、「宇宙人」が人間に直接会いに来ると「想定」するのはクエスチョンでしかない。
当の人間は、人間がしていることの事実関係を誤認していたくて、平和だとか自らは知的生物として高位だとか思い込んでいたいところだが。
ということなどなどで、「宇宙人」が地球を侵略するのは「想定」できないが、それでも人間に接触、つまりセンシングされずに侵略する方法を妄想ってみた。

さて、直接に物資あるいはエネルギーそのそれぞれを大量に投入するというのは無駄なこと。
となれば戦争映画でダムを壊して下流の橋を壊すような「現象」を最小限の方法で最大限に発揮するような。

そういうことから参照すれば、地球の現状ということになる。
件の地球温暖化・・・まぁおいらは物質の地球温暖化には懐疑的で、熱エントロピーかなんかしらんが、人間の廃熱によって地球が滅ぶと思っているが。
まぁ、ここは温室効果ということで妄想しておくか。
となれば、地球に向けての太陽エネルギーを増やせば、より加速的に地球を滅びに向かわせることができるということだ。

ということで、そういうシステムを太陽表面・・・まぁ水星公転軌道よりも内側の地球に対して太陽の向こう側に設置すればいいじゃん。
具体的に考えれば、太陽に近い場所ということで、数mから数十mの装置数個でできるんでない?。
現状地球温暖化とか疑わしいことで騒いでいるが、太陽エネルーギーを数%・・・0.数%の加減とかでかなり変動すると思っているが。
アニメだと巨大装置だけど。
太陽に近づければ近づけるほど、装置は小型化・・・。
ま、700年先行した文明を持つ「宇宙人」にはするとすれば可能だろうな。
あとは経年ほっとけば良い。
なにせウン光年越える技術があるのだから、たえず地球に対して太陽の向こう側に位置するようにすれば人間には「大型宇宙船」であってもわからん。
まぁ、ステルスというよりも、人間の知っている技術では形外有人宇宙旅行船は造れないはずで、ならば「電波の反射」つまりこちらのレーダーに対する反応も不確定ということになる。
で、地球侵略システムとしても、人間技術でも、昔は大電流を扱うのは大事で、大きな筐体を必要としたけれども、USB3の大電流とかメッチャ小型化。
ウンtの核爆弾も数十kgだし。
そういうことで、おいらとしては想定700年先行した文明をもつ「宇宙人」ということで、地球侵略システムもメッチャ小型化していれば、地球からの距離とあいまって人間には発見されにくい。
たとえ人間が「太陽がおかしい」と気づいたとしても、現状水星にたどりつくのは「アカツキ」よりムズイ。
しかも水星公転軌道の内側、太陽により近いところなど、地球技術の粋を集めた宇宙船を造っても、そうそう近づけるものではないはず。
ということで、人間には解決策も無く地球滅亡。
チャンチャン。
まぁこんなところ。
「宇宙人」は地球に来ない、から地球侵略も無い。
が、どーせ地球侵略考えるなら、人間が手出しできないことを考えないと現実味が無い。

さて、「宇宙人の侵略」で愚痴ったけれども、「人間が関わることのできる宇宙人の侵略」は全てデマとか創作の類。
考えてもみなっせ~、700年前の先祖様が、今の現代兵器や技術を理解できると思うかね?。
「宇宙人」は地球に来ない、で愚痴っているけれども、我々人類が知的生物のいる形外惑星にたどり着けるのに必要な年月は700年と想定。
だからもし「宇宙人」が地球に来るとすれば文明が700年先行していると想定できる。
まぁ、ほんの2,3百年で行けると言う輩は現状の宇宙開発の知見があるとは思えない。
ま、「良い(できる)思うてなら、やってみてなら良いでしょうがの」ごと。

だいたいもって、地球の地上には沢山の地雷が埋められていて、沢山の人が苦しんでいるって宇宙に向けて放送しているんだよ。
これで「宇宙人」が友好的に来訪してくると考えられる人間のオツムがおめでたいよ。

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「宮崎駿3DCG激怒」と「この世界の片隅に」と「イジメ」について

手足使わないで蠢くって、ナウシカで使えね?。
聖都シュワの城(?)のヒドラの博士だっけ?。
「脳味噌を食べると痛みが和らぐんだよ」・・・ゾンビ映画で頭と背骨だけになったようなゾンビが背骨動かしながら言っていたなぁ。
「生命」で一番の「冒涜」は死んでも「繰り返し生き返る」ことだとおいらは思うのだが。
「人魚の森」はかるんじる方向性ではないし。
ドラゴンボールとか、何度殺そうが死のうが生き返ればいいじゃん。
面白ければ。

「この世界の片隅に」たって。
読めたもんじゃないが、自作晦渋小説「焦土に漂いて」で30年くらい前に戦争の悲惨さについて書いたところがある。
「帰ってこないの?、命って・・・」
「戦争が神様を必要としたのなら、命が奪われることに、なにもできないよね」
今現実に起きている戦争、シリアとか目を逸らす・眼中に入れたくない・理解しない、ために見に行くのならどーぞ映画館に行ってやってください。
「享楽」というか、「エンターティメント」の弊害は「現実に向き合うこと(時間・情報・理解)」を奪うことが致命傷なんだが誰も言わない。
多くの人が見てくれて金を出してくれて金儲けできればそれで地球もお仕舞いで良いじゃん。
映像表現の面白さたって、全裸の川谷拓三さんを山城新伍さんともう一人だったか足蹴りにしまくれば見てて面白いじゃん。
子供の時にだって、イジメっ子が徒党をくんで弱い者をからかってイジメているのを見れば面白かったじゃん。
まぁ、今時の御時世が「暴力」を面白がることは無くなった。
たとえば、「無視」というのが今時の陰湿な「イジメ」ということだが、あるいは過去には陰湿・暴力や残酷な「イジメ表現」もされていたが、今時の「エンターテイメント」はアッカル~イとか楽しいとかハッピーエンドとかを視聴者が視聴したいという好みに先鋭貸してしまったことでほとんど見ることも無い。
「イジメ報道」ということもあるが、このことは下述する。
「戦闘」ものは今も好まれることで創られているが、過去のように「陰惨」な表現というモノは好まれない。
このようなことで、戦後と今時では表現も違うし、子供の方とて今時面白いものは学校・・・子供同士の外にあるので、面白くもない子供相手にしているより、「大人が与えてくれる」面白いもの話題にしていたい。
話題にはいれなければ「無視」という「イジメ」。
ツイッター・・・SNS全般、「面白い」ことを求めて、あるいは「面白くない」ことは排除して加入しているんだろ。
そういうところで、「現実」に向き合う機会というものを「エンターテイメント」は奪っている。
そのことは、子供においても「面白いこと」を選択していたものだということ。
子供同士だって、「面白い」奴はそばにいて欲しいが、「面白くない」者は相手にしたくない。
「子供同士仲良くしましょう」・・・大人同士でやってみせろや!、子供の手本に!。
「面白い」ことを求めたいのに、「面白くない」のは「面白くない」奴が悪いんだろーが?。
仲間であるのに「面白い」ことになれや。
「面白くない」のは「面白くない」奴が悪いんだろーが!。

「宮崎駿3DCG激怒」の言うところも分かるが、場面・状況によって物事の意味というのは人間都合良く変えていくもの。
「イジメられる者は悪くない」たって、「イジメ」る側にすれば理由があるから攻撃(無視)する。
まぁ、おいら化物顔の天敵「健常者キチガイ」は認知の歪みがあることでとか「イジメ」加害者側に一方的な問題もある場合があるが。
こと集団になると、多数決言ってもしゃーないが、その集団のかなりの人間がその人に否定的になる理由があるから、ということになる。

まぁ、偏見的に言えば、大人社会はたいがい「イジメ加害者」サイドということだ。
それが、「イジメ報道」という時には、正義正当あるいは「イジメ被害者」に同情ってんだから大笑い。
結局、話題性の「イジメ」は大人にとって自己の肯定とか正当性とかに利用している「エンターテイメント」事なのだから、繰り返し「イジメ」がおきればいいじゃん。
「エンターテイメント」で生命の「倫理」とか「冒涜」とか言ったところで、造って金儲けできなければそれで終わりじゃん、ごと。
観る者がどのようなモノを求めているか?、そのことを無視して生命の「倫理」とか「冒涜」とか優先で言っても意味無い。
当然、子供の「イジメ」たって、その「話題」を受けとる大人は好きなように「エンターテイメント」にするだけだし、子供は子供同士で好き勝手にして好きな者を求めて好きでもない者は相手にしなければ・それができなければ「 イジメ」てやれば良い。
「嫌いな者といろ!」大人同士がね。

「この世界の片隅に」・・・アニメか。
観て現実は核戦争突入で良いじゃん。
この地球は繰り返し戦争に塗れているのに、現実は知ったこっちゃない虚構に埋没していたいが「平和」、で良いじゃん。
トランプで戦争世界に拡大で良いじゃん。
そん時誰かが悪い!でなく、現実を考えもしなかった者が悪いんだよ。

で、こういう「エンターティメント」が「イジメ」に関係あることは、それこそ「エンターティメント関係者」は言われたくないこと。
昔で言えば、ヒーローつうかごっこ遊びの主役の取り合い。
さらにはヒーローなりきりで弱い者とか嫌われ者を悪に決めつけて攻撃・・・充分すぎるほど「イジメ」じゃん。
今時で言えば、古い話だが8時だよ全員集合の会場には入れなかった者のコンセント引き抜き停電。
求めている者が得られないことで破壊的・暴力的な行動に走る・・・これも矛先によっては「イジメ」になる。
でVRというかARというか、埋没していたい虚構に対して現実が受け入れないことでの凶行とか。
「イジメ」の引きこもりたって、現実の大人社会はそれこそ「イジメ」の加害輩がわんさかいるし、「友達」というものが理想と言えば言いすぎだろうが、求めたい友達間でないのが現実の友達関係。
いずれにしても、「エンターティメント」は虚構であり、現実に対して虚構を求めるのは相いれない。

日本評論社 こころの科学 P101~現場を変えるいじめの科学(10)教師が傍観者から脱するためにーいじめ対策の前提 和久田学 子供の発達科学研究所 大阪大学大学院連合小児発達学研究科
の連載読んでいるが、おいら化物顔は「イジメ被害」も受けたし「イジメ加害」もしたことから思うに、書いてある内容に納得できない。
教師側についてはすでに他で愚痴っているが。
結局のところ、「自分が子供頃にはイジメは無かった」とか、大人が自分達がしてきた「イジメ加害」を参照しないことが最大の問題という一言に尽きる。
「イジメの専門家」という時に、「子供の味方」として壇上に上がるのではなく、「大人の代弁者」として壇上に上がっているような気がしてならない。
「自分が子供頃にはイジメは無かった」
つまり、大人が子供の時にしてきた「イジメ」をつつみくらまそうというのなら、おいらの知っている限りでも半世紀の間「イジメ」問題が解決することもなかったのは当然のことになる。
だいたいもって、子供の時に「イジメ加害」をしていたものが先生になって生徒の「イジメ問題」に苦慮しているのであれば笑い話にもならん。
そのへんの指摘をまずもってするべきだろ?→和久田学
でもって、「ごっこ世代」はすでに孫がいる歳だが、現状ファミコン世代とか、ゲームに関わる「イジメを実戦」してきた大人の子供の「イジメ問題」だろうに。
そうしたことは、「前例」として「参照できる親の知見」だろうに。
もちろん、「アニメ」とか「ドラマ」や「スター」とか話題に入れないとか異端的思想とかの「イジメ問題」も今の大人はすでに体験済みだ。
そういうところで「イジメの知見の参照」ということをしないから、「子供のイジメ理解」暗中模索で理解が進まない。
だけれども「自分が子供頃にはイジメは無かった」と大きい顔で言うのが大人であり大人社会の常識・良識というもの。
で、ここに書いて有る「モデル」のところで「モデルが無い」と読み間違えの早とちりでカチンときて上記書き足したのだが、読み返すと「モデルが有る」だった。
で、「次回」ということになっているが、結局のところ「カチンときた」に変わりない。
繰り返し事だが、「子供を育てている親が子供時にしていたイジメ」が格好の「モデル」になるだろうに。
そのことは包みくらまして「子供のイジメ」を論述するとか、今回と次回の記事で「現状の先生のあり方」を咎めるだけで「イジメのモデル」にしようってんなら、今までの「進展しないイジメ問題の理解」の轍を踏むだけじゃねーか!。
うんでもって「イジメ被害者は悪くない」というのは「自分が子供の頃にはイジメは無かった」と言うときには意味があるように取りたいところだが。
今「イジメ被害」を受けている者に救いになるのかい?。
さらに、子供の時に「イジメ」ていた者に対して「イジメ被害者」は悪くないといえるのかよ?。
「それならなんでイジメていたんだよ!」と言い返されるのが落ちで、その上に納得できる答えも用意できるはずもなかろうに。
それらのことから、「イジメ被害者は悪くない」というのは「自分が子供の頃にはイジメは無かった」と言う者の手慰みでしかないんだよ。
さらに、上述したように、「イジメ被害者」と「イジメ加害者」は「力関係」の問題で状況によりどちらにでも逆転する。
そのことからも「イジメ被害者は悪くない」と一方的に決めつけるのは間違いでしかない!。
繰り返し事だが、「大人は自分が子供の頃にしていたイジメをモデル(事例)として詳らかに提示しろ!」これに尽きるし、大人は「自分が子供の頃にはイジメは無かった」と断じてしておきたいことで、大人が子供の「イジメ」を理解することは無い!。

今の時代、「まともなことを言う」ことの方が間違っている・・・・案外「まともなことを言ってなかったトランプ」は正しいことを言っていたのかもしれない。
「正しいことを言っている」ヒットラーを信じて戦争突入・・・またそういう人が出てきて戦争しないかなぁ~・・・おい。
まぁ、現状「正しい」ことにたてつくことを言ったて、誰も理解はしないっと。

某大物お笑い芸人の嫌な人の対処方・・・役に立たねーなぁ。
逆に言うと、おいらを子供の時にイジメていた奴が「イジメ防止とか言っているのは聞きたくもないし、いまさら年取って老いぼれて常識論でも言っているようならそれこそ、その厚顔無知ひっぺ剥がしてやる!。
「自分が不快な相手だと思われている」・・・ココロノビョーキならともかく、自信過剰な者が多いからなぁ・・・。
出会われて相手がどう思っているかなんざ知ったこっちゃないさ。
つまり「対処方」以前に無意味。
そういや「あかめだか」だな。
嫌な相手に望んで身を寄せるとか。
愚痴ってもしゃーないが、おいら化物顔は「健常者キチガイ」とかその他相性が悪い人にはそれこそ相性がコテンパンに悪い。
一方で、相性が良ければ、若い女性と馴れ親しく話していると「恋人同士」に見えるらしい。
けっきょく「相性」しだいなんだよなぁ。
大概の人はスチーブンジョブス(はっきり覚えてない)とはまるで相性悪いはずなんだよ。
ウオズニアックだっけかよーしらんが、たまたま相性が良かったというだけのこと。
そのへんわっかるかな?、わっかんね~だろうなぁ。

化物顔がお買い物~。
自転車の駐輪違反常連スーパー、小学5年前後の女子がその違法駐輪自転車のとこで髪を結わえてた。
一目、こいつ、「不出来な人間」だなぁ。
案の定、おいら化物顔を見つけると、スーパーの壁側へ逃げて不審者を見る目をする。
「イジメ」たって、おいらの経験的には誰かを「不審者」「敵」と決めつけて攻撃・排除したがる輩がいる。
まぁ。おいらの化物顔がまったくダメな人間も数人いたが。
「イジメ」論議たって、こういう「不出来な人間」というのは、誰かを「不審者」「敵」と決めつけて攻撃・排除したいということが「正義」「正当」にすることが当然できて当たり前なことで、自分が「イジメ」あるいは不当・間違ったことをしているなどとは思いもしない。
当然、「不出来な人間」が大人になっても、子供の時に「イジメ」をしていたと思いもしないし、大人になっても誰かを「不審者」「敵」と決めつけて攻撃・排除したいということが「正義」「正当」にしてすることが当然できて当たり前なこととしてするわけだ。
それで、子供、に限らず大人社会も含めて、「イジメ」をなくしましょう・・・誰かを「不審者」「敵」と決めつけて攻撃・排除しようとする実行者がいる上に、誰かを「不審者」「敵」と決めつけて攻撃・排除したいということが「正義」「正当」にすることが当然できて当たり前なことを問われることがないのだから「イジメ」がなくなるわけないじゃん。
「イジメ加害者の言い分の無いイジメ論は評価しない」がおいら化物顔の持論だが、「イジメの方法論を実行している者」の社会的認知もなければその指摘も特定もしないのだから、「イジメ」の理解も無ければ解決もできるわけないじゃん。
「イジメ」というのは力関係の問題なので、逆に、こういう「不出来な人間」が返り討ちにあって反撃を食らうと、「回りにイジメられた~」と騒ぐことになる。
「不出来な人間」であることで、それこそ迷惑大騒ぎな目も当てられぬ状況になる。
こういうのは遺伝といっちゃぁー偏見だが、似たもの親子ということで学校に怒鳴り込むとかモンスターペアレンツだったりすることもありえよう。
福島避難生徒イジメ・・・ああやっぱり「不出来な人間」が「イジメ」たか、ごと。
もちろん、こういうのは「イジメ」の一要素でしかない。
で、役にも立たない繰り返し糞理屈を言うのは「イジメ被害者は悪くない」、で半世紀の繰り返し。
永遠に「イジメ被害者は悪くない」を繰り返してろ!。
蛇足だけれども、どこぞの国で富裕者が貧乏人は見たくないと富裕者だけの街を造って回りに対して壁を築いたとか。
まぁ、「不出来な人間」の成せること。
「経済は切り捨てる」
まぁ、富裕層たって破産も有れば認知症も有るわけだから、そうなると「富裕層の立場から切り捨てられる」ことになるだろうが。
「社会」は貧・富、健常者・障害者そうした様々な人を綯い交ぜにして成しているものであって、「選択」あるいは「選別」することを前提にしない。
なぜなら、誰でも障害者や貧乏人に成りうる運命を背負っているのだから。
このことは、現状、特に民間宇宙開発の構成人間が「金持ち」ということで、「宇宙への永住」と言うことの目標ということであれば、「イジメ」と「障害者」の問題で「宇宙への永住は暗礁に乗り上げる」ことは確定しているということだ。
このことは、「金持ち」ばかりの問題ではなく、上述の「不出来な人間」はどこにでもいて、誰かを「不審者」「敵」と決めつけて攻撃・排除しようとする実行者がいる上に、誰かを「不審者」「敵」と決めつけて攻撃・排除したいということが「正義」「正当」にすることが当然できて当たり前なこととして、そのことをスペースコロニーでするのは確実なことだと断言できる。
JAXAとか「閉塞環境での集団生活」だっけか実験しているが、そういう「地上の現実の集団の問題」は当面想定した「閉塞環境での集団生活」はすることはないことで、「宇宙への永住」の知見は当面得られることはない。
上に、そのような想定は、「自分が子供の頃にはイジメは無かった」というのは大人社会の常識・良識であることで、「閉塞環境での集団生活」によって「宇宙への永住」の「イジメ」とかの否定的な事実関係の知見を得ることが無いことによって、「宇宙への永住」が実現できるとしても、実現した頃に深刻な問題が噴出することになるのは自明。

で、「宮崎駿3DCG激怒」だが、人によっては、上記の「不出来な小5女子」のように、おいら化物顔、だけでなく「嫌なこと」「癇に障ること」は拒絶・排除したいものだということだ。
「宮崎駿3DCG激怒」と言うときに、そのことは一般社会だけでなく子供同志でもありふれていることだし、今大人だって子供の時にしてきたことだろうに。
そういうところで、大人になれば「子供同士仲よくしましょう」。
「大人が大人同士仲よくして見せろ!」
子供は「嫌なこと」「癇に障ること」は仲よく話しあってそういうことを気にしないようにしましょう。
大人が大人同士でしてみせろや!、なぁ宮崎駿!。
できるか!。
そういうことで、「子供のイジメ」を無くしましょう。
どこのイジメを専門とするエライセンセイが言っているんだよ?、社会の大人たちがいっているんだよ?。

「イジメ被害者は悪くない」
これでふと思うに、じゃぁ「子供の頃にイジメを受けた」者が「イジメ加害者」に対して、「じゃぁなんでイジメたんだよ?」と問い詰められたら言い返せるのかい?。
結局、「自分が子供の頃にはイジメは無かった」と言うのが大人社会の常識・良識であるところの手慰みなんだよ。
イジメ被害者サイド以外で、「自分が子供の時に"イジメが有った"」とした時には、「イジメ被害者は悪くない」と言った時に、「じゃぁなんでイジメたんだよ?」と問われれれば躊躇するしかないだろう。
現実に、おいらも化物顔というばかりでなく人間性も悪かったことで、「おまえが悪い」と言い返されることにもなろうが。
が、「イジメ被害者」はそのような返答は受容しまい。
したがって、「同情」の一点張りでは「イジメ論議」も「イジメの解決」に美ならん。

ツイッターTLに、先生がイジメを隠蔽するとか有ったが、「自分が子供の頃にはイジメは無かった」は大人社会の常識・良識つうのはイジメを隠蔽するということだろうに。
でもって、隠蔽したときには厳罰化とかほざいているが、こういう攻撃的な輩はイジメをしていたのではないか?。
あるいは、そういう言動からイジメの標的にされていたのではないのか?。
こういう輩の小学校の時のクラスメイトを面接してみてみたいものだ。

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日の丸宇宙開発宇宙肥溜を造って有人宇宙機に下を撒こう

中国宇宙開発が莫大な資金をかけて最先端の宇宙開発技術で宇宙開拓していくとかで、日の丸宇宙開発系がツイッターでギャァーギャァー騒いでたけれども。
順を追って考えると、騒ぐほどのことでもない。

すでに、旧ソ連の宇宙開発の没落という現実がある。
アメリカであっても、「探査」の次に「有人」ができるかというとそうでなく、有人火星探査が危うい=当然月長期居住も危ういことになる。
月での居住と言った場合には、何ヶ月周期で往復ロケットを打ち上げれ現実的なのか?。
ということからすれば、中国の宇宙開発がこれから先行していくとは思えない。
一方、ロケットの大型化は「相乗り」も多くできることで、市場競争力も強化できるということになる。
大型化と言うのは、大きな衛星が打ち上げられる、だけでなく、相乗りから費用対効果が大きくなるということだが。
が、衛星の過密化やスペースデブリ対策から、これからうなぎ登りに衛星打ち上げが増えていくとも思えない。

しかも中国の宇宙開発は、「マンパワー」ということが、どれだけ考慮されているのかは未知数。
彗星着陸なんて30年仕事。
つまり「引き継ぎ」が必須。
笑い話にもならんが工場でダンボールを発注したら、縦と横を間違えて裁断したのが届いて、箱に組み上げるのに往生こいた。
ダンボール会社が規模縮小で社員切り捨てで担当者を交替させたことで起きたミスだ。
当然、商機として他国に売り込む・他国の衛星を打ち上げるわけだが、これを経年どこまで責任を負えば良いのやら。
地球周回の人工衛星の打ち上げは3年周期とからしいが、それもその衛星と打ち上げに関わるスペースデブリの処分できればの話。
一方、「コウノトリ」のNASAとの共同シュミレーションでは、日本は酷い目に遭ったとか。
いや、そういうことをやりとげたから、今の「コウノトリ」が有るわけだが。
さらに、ではこの延長線上で、日の丸宇宙開発が宇宙ステーションを持って有人宇宙船でドッキングのシュミレーションすれば良いじゃないか?。
言うのは簡単だが、これはウンビャクマンエンとか、あるいはセンマンエン単位の金が飛ぶことになるかもしれない。
シュミレーションするだけで。
で、こういうことの予算右から左へ?。
実際にどこまで役に立つことか証左が取れると?。
で、「宇宙大国」のためには、それだけの人員を揃えることが前提になる。
中国は現段階ではできている。
が、地上では大企業病とか、聞いた話、エフピコとかトレーでは1000品種越えると会社がおかしくなるとか、はたまた企業買収はしたものの結局反りが合わなくて売りに出すとか。
「宇宙産業」というのは結局分野がそれぞれにあるわけで、「宇宙開発」と言ってしまうと、その全てを包括しているように思うのだが。
そういうところで思いに耽るのに、結局「マンパワー」の問題を克服しないとダメなんだなぁ。
だいた組織というものは、大きくなるとおかしくなる。ゼネラルエレクトリックとか、巨大企業は有るけれども、IBMも分野で敗退・・・つまり組織の切り捨てしているし、今後マイクロソフトが個人ユーザーを確保し続けられるとも思えない。
日本企業なんて散々たるもの。
「莫大な予算をかけた」からといって、必ずしも運営母体が安泰にはならない。
「商機」とか「シェア」もあるが、「マンパワー」つまりそれだけ組織を維持し続けるのが難しいのが人間というもの。
このことからすれば、日本が「宇宙大国」になれるというのは否定的にしか思えない。
現実問題、日本大企業の趨勢をはそのまま日本の宇宙産業にもあてはまることだ。
そのことは、組織運営の問題が露呈して止まない中国での宇宙開発組織が経年健全であり続けるとも思えない。
「予算」がなければ「日の丸宇宙開発」は進展しないというのは厳然たる事実だが、「マンパワー」についての理解が無ければ、厳しい宇宙開発は頓挫するのは火を見るより明らか。
近視眼的には、パワハラとかイジメとか残業とか、そうした組織・集団を病む良薬が無いのに、「宇宙開発集団」をまとめていく未来像が有るのだろうか?。
「莫大な予算がありさえすれば、日本は宇宙大国になれる」というのは幻想だよ。

で、「有人」というか宇宙ステーションだが、これはすでに「日本」がその高額の負担に「?」、ということになっているのではないのか?。
それはつまり、中国が今後どれだけ宇宙ステーションに注力するか?、あるいは他国のと協同運営がどれだけとりつけられるのか?、ということになる。

だいたい、宇宙飛行士の1日食の費用が100万円オーバーのはず。
一食あたりの質量は300gよりも多いはずだから、1日では軽く1kgはオーバーしているはずで、今の打ち上げ費用は1kgあたり100万円らしいのだから。

もう一つの問題は、食べたからには出す、つまり「排泄物」をどうするのか?。
現状、お空から宇宙飛行士のウンコ・シッコが降ってくる・・・オイ・・・のはずだが。
「宇宙機」は「質量保存の法則」でなければならない。
これは、「燃料」というこが今の問題だが、将来的に長期宇宙旅行となると、「パッケージの保存食」では缶詰を含む鋪装容器が往復の質量となって莫大な燃料の無駄ということなる。
缶も含めて包装容器が宇宙環境で消滅するようにすればだが、宇宙空間に漂えば秒速20km前後とかのスペースデブリ撒き散らかし続けることになる。
当然、排泄物は有人宇宙機に溜まるわけで、その保管場所・・・宇宙に捨てるならそれで良いが。
が、遠距離となれば「補給」が可能ではなくなるのだから自給サイクルが必須な分けで、「宇宙肥だめ」を用意して宇宙機内に下を振ることで植物を育てて食物サイクルを構築しなければならないということだ。
が、この「宇宙肥だめ」をするようにして宇宙機内に下を振る、というのは言うのは簡単なことだが、実現するとなると並大抵のことではない。
現状、ISSで日本人宇宙飛行士が、船内のあちこちの壁面とかから綿棒でサンプル採っていたが。
自然(「当然」だけど・・・)だけど、「肥だめ」というのはかなり複雑・多様な生態系になるはず。
病気からすればウイルスからだが、細菌・真菌・昆虫がわんさか蠢くことになる。
そうやって、「下」になっていくわけだ。
あんまし詳しくはないが、「屎尿」を直接撒くと強すぎて土壌・植物はダメージか・・・ミミズにオシッコをかけると腫れるよ。
ということは、そうしたものが宇宙船内にどのように飛散・拡散していくか、そのコントロールはどうするのか?。
飛散・拡散した場合の影響はどうなのか?。
そういう様々な基礎研究をしておかなければならないということだ。
最初は単種・・・って、地上での「肥だめ」の生態系を詳細にデーターにしてあるのやら?。
それを最初は単種類で、その次に複合にして、さらにどのような組み合わせが最適なのかを研究して、さらに宇宙船内での飛散・拡散の状態とコントロールを研究して・・・と~っても長い期間の研究をして、「長期宇宙滞在の目処が立つ」というもの。
もちろん、今の「補給」方式でも「宇宙滞在」はできるが、「宇宙に永住」あるいは補給無しのウンヶ月を越える宇宙滞在には、「宇宙肥だめ」は必ず必要になってくるし、補給にはいずれ限界を感じるようになる。
でもって、こういう実験を、宇宙ステーションの順番待ちでするというのは現実的ではない。

で、だいたい「肥だめ」というもの・・・つーか、今も土壌そのものが研究中というか、地球環境そのものが全世界の研究者で研究中という現状。
さらに悪いことに、人間が地球環境の構築の部位をしだいに削除していっている。
環境破壊・種の滅亡・開発による地域的な自然の剥離・・・。
テラホーミングとかスペースコロニーといったところで、それらが実現される頃には、地球環境そのものが理解できる状況に無い可能性だってある。
つまり、人間は地球環境に対して敬意も持たなければ地球環境の中で生きている一員であるという理解も無い。
にもかかわらず、地球のことには関心もたいして向けることなく宇宙へ向かおうというのはどういう気だ?。
「経済」からすれば、地球なんて金儲けの踏み台でしかないし、そのような気構えでさらに宇宙を踏み台にしようというところか。
「経済」というのは、まだ夢心地にしがみついていたいところだろうが、「経済」では物事は長続きしないのは歴史で繰り返されている。
「ブロイラー」は経済効果抜群らしいが、将来的には絶滅危惧種らしいし。
宇宙でプランクトンとかオキアミの類が養殖できるようになればだが、養殖物は地球環境でも継続してするには骨が折れるとか。
しょせん、いかに自然環境が人間の模倣を許さない優れたものか、だ。
一方で、O157とか、巨大イノシシとか、雑交種の猛毒のハブとか日本猿と台湾ザルの混血の凶暴ザルとか、自然の中で、あるいは人間行為の産物として、遺伝の変移のした種が現れても来る。
そのようなものは、テラホーミングやスペスコロニーなどの長期計画性の必要なものの細目の中ではでは「想定外」でしかない。
「宇宙を目指す」という割には、近視眼的視野狭窄すぎるというのが「宇宙開発」なのだろう。

一番現実的ではないのは、「宇宙肥だめ」つまり「生態系の循環」がもっとも必要になるのは、バンアレン帯の外に出てから、ということだ。
現状、NASAとか火星探査の障害の一つとして、「被爆量」に悩んでいる。
つまり、これと同じことで、「宇宙肥だめ」はバンアレン帯の外で機能しなければならないということだ。
したがって、このための実験にはバンアレン帯の外でしなければならないということになる。
が、そういう費用が各国、あるいは一部の協力国で出し続けることができるのか?。
方法は有る(妄想だが)が、「日の丸宇宙開発」はそこまで考えてはいないと思っている。
結局、そのようなことを考え合わせると、遠い未来の「宇宙」においても、「バンアレン帯」の中だけの覇権争い、ということになる。
まぁ、それでも「覇権」を持っていることにこしたことはないが。

そういうことからすると、「一国(あるいは一部の国が)」「宇宙開発」を先行したとしても、「宇宙開発」は将来的には進展しない。
「技術」ということからすれば、たとえば1企業だけが独占・・あるいは多くのシェアを持っていた場合、その企業が問題を起こせば世界的に混乱するというのは今も大問題になっている。
「覇権」として見た場合は「独占」に執着したいところだが、「産業」としてみた場合は、広範に技術を持ち合うことが安全策になるということか。
ん?、そういうところからすると、中国宇宙ステーションの「ハッチ」が「独自」の規格というのは将来的に問題にも成り得るか?。
そこのところはどうなんだろう?。
では、世界一丸となって、といったところで、アメリカはアメリカの諸行でアメリカを嫌っている国はわんさかある。
中国・ロシアにしても同様。
では、日本はどうするのか?。
「金」を出せば信頼関係が得られるというものでもない。
結局、人類「宇宙開発」の「マンパワー」はどうするのか?、という問題が根底にあって、これが払拭されないことには、「宇宙開発」は夢と終わることもありえる。
江戸時代の、屎尿と米を交換、が良いとは思わないが、まずは、「人間理解」と「地球理解(昔の人はその科学的知見の無いところでも自然を理解しようとしていたはずだが)」が進展しなければ、どんなに予算を確保したところで、「宇宙開発(特に有人)」は頓挫することになるだろうとおいらは展望している。


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