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人間が感動求めて地球滅亡

どーせキチガイの愚痴として無視事なのは分かっている。
「感動は悪だ」というの昨今の思い込みだが、ドラマ「重番出来」は「感動」で盛り上がってたけど。

「感動」その一番の盛り上がりは「エンターティメント」だけれども、これは現実理解を疎外することが問題なのは誰も言わない。
あるいは、誤解や偏見を植えつける、さらには門外漢・無認知・敵対(自分ではない)等々。

ドラマ「重番出来」は「感動」したなら、皆こぞって斜陽の出版業界就職しろよ。
偏見・誤解というところでは、「アライグマラスカル」は、アライグマが身近に居ること、つまり自然との共存の難しさがテーマだったとか。
で、外来種拡大の発端・・・日本亀ピンチとか農業被害とか。

誰も言わないけど、休日「感動求めて」と言うのも、おいらは地域社会破壊を目の当たりにしてきたけれども。
元気な者は地域社会から離れて老人しか残ってないとか。
「感動」とか「快」とかを求めることで「不快」を遠ざける。
昔はすれ違う年寄りに挨拶したり話をしたりしていたもんだが。
それがスマホ画面見つめているか、「汚い」と完全無視か。
あのなー、みーんな歳をとるんだよ。
あんたら若いもんも、年取ったらその時の若いもんから完全無視の未来しかないんだよ。
「エンターティメント」の問題点は、「問題」というか社会に起きる事例の理解のための情報収集や理解に労力を割く時間を奪うということだ。
ま、もともとたいていの人間はそういうオツムを持ち合わせてはいないが。
スマホは読み捨てるものだからスマホでは情報収集はできない。
だいたい、社会に起きる事例の理解、というのは専門のことを多く含んでいることで、ごっつい専門の本数冊とか読まないと理解できないことが多い。
それを、自分の好みの単文いくつか読んで理解した気になっているってのが、社会との隔たりだが。

大衆受けしたことに突っ込んでも頭のおかしいことを言っている事だから、大衆が頭のおかしいと思いたいところで愚痴ろう。
ロリコン、なら攻撃事だが。
だが、これは、送り手が「ターゲットの好むことを見極めて」つまり要望を反映することで、評価してもらっているということを理解しておかなければならない。
つまり、「要望」というものが、「事実理解」の一助になれば良いが、「事実誤認」(アライグマラスカルのように)を植えつければ破滅的だ、ということだ。
昨日の「重番出来」は大衆に出版業界誤認させないよね?。
おいらは実践ロリコンしてきたのだけど、一般の(というとおかしいが)ロリコン嗜好には反感がある。
「子供」のままで嗜好しているのではなく「小さな大人に仕立て上げる」。これはアカン。
ロリコンメイドたって、実際の今時の少女は中卒で家事全体のが3割を担えるかどうか?。
ロリータちゃんと濃厚SEXたって、そんなもんだいたい25才前後以上が経験的にテクニック・・・フーゾクでもないんだから、普通の人がそんなにSEXに執着してるはずもない。
SEXの濃厚というところでは、欧米か!、というところだが、あっちはベッドイン前後からのコミュニケーションから,
終わってもコミュニケーションとるとか。
で、実際のロリちゃんは突き放し言葉・・・子供はけっこう残酷なんだよ。
小学校どころか幼稚園でもイジメも有るし。
下手すると、その子はどこに行ったか分からないとか、反抗するとか口答えするとか、親でさえ扱いに困っているのが実情。
だいたい、子供はコミュニケーション能力が未発達で、自制心も社会的理解も未発達で扱いずらい。
大人の女性とコミュニケーション取れないからロリちゃんとコミュニケーション、というのがクソ!間違い!。
これが、「感動」とか「エンターティメント」の正体。
ロリコンと一緒にするな!、ということだが、方法論は「求める人たちの求めたいことを反映させて創る」のは同じこと。
が、「人間は、悪い・不当なことと自分は違う、という結論を持って考えようとする」はまるで考えないということ。
「面白い」、といのは「嗜好」できることではあるが、そこには求める側の「認知」に合致するということがあるということだ。
その求める側の「認知」が現実理解と一致していれば、問題は露見しないだろうが。
が、ロリコンのように、求める側の「認知」が現実理解と離反していれば、通常の「感動」つまり「エンターティメントであっても深刻な問題と噴出することもありうると言うことだ・・・「アライグマラスカル」によってすでに深刻な問題は噴出している事実・・・さらには探せばいくつもあるだろう。

公共放送の受信料の無駄遣い番組、不寛容社会。
「自分が寛容ではない」ことを理解できなきゃ、意味無いじゃ~ん。
って程度事。
「エンターテイメント」も加担していることだが「好みのことをしている」ことを挫かれることの怒り心頭は言わないだろうな。

ツイッタータイムラインに、中国戦艦領海侵入とかあるから、「重番出来」ドラマの結末前に、中国戦艦領海侵入特別報道番組に切り替われば良かったのに。
大衆にはお国の一大事より「感動」の方が優先事項、不寛容に放送局クレーム殺到だろうな。
この「不寛容」といいうのは、「人がしているのは、不当なこと・迷惑なこと」なのは分かるが、「自分がしているのは、正当なこと、必要なこと」として認められるべきものとしてしていることだ。
つまり「認知の歪み」があるということだ。
まともじゃない。
「人間は、自分に対する評価と、他に対する評価を、一致させることはできない」もっとも下劣な知的生物だからしっかたないが。
それじゃぁ、話し合いによる解決できないじゃん。
「共通の評価」がないということは、「共通のルール」を持ちえないことになるのだから。
「自分に対する評価と、他に対する評価が、一致している」のなら、話し合いによる解決も可能であろうが。
「自分が悪い」と言うことが認められないくらい「他の人は自分は悪い」ことが認められない。
これが人間には理解できない。
まぁ、分かる人を選りすぐって、弱者を炎上させるのがネット社会の常識人か?。
「人間は、自分に対する評価と、他に対する評価を、一致させることはできない」のだから。話は擦れ違い食い違うしかない。

ローマが滅んだのは、色々な事情が絡んでということらしいが、大衆が「快」を求めることに傾倒したからというのは間違いのない事実のはずだ。
「快」に傾倒することで、「問題」が理解できない・認められない。
つまりソドムとゴモラになったということだ。
「快」=「感動」ではないが、人間が求めずにはいられないことでは「快」の方が欲求が強いと言えるだろうが。
いまの地球の文明圏は、この「快」その一翼を「エンターティメント」がになっていることで、「問題」が理解できない・認められない状況がある。
そのことで、ソドムトゴモラのように、現在の都市も消滅の運命を辿ることもありうるということだ。
ソドムとゴモラが非現実でない事例は、「ヒートアイランド現象」だけどな。科学的に「ヒートアイランド現象」で「竜巻」が起こっていると言えるのなら、これは決定的に「人災」だけど、そうは言わないのが大衆・マスコミ・専門家。だから地球が人間によって滅ぶのは阻止できない。

ホリエモンや叶姉妹が、「グルメ」のそのためだけにジェット機に乗ってご旅行だとか。
で、二酸化炭素による地球温暖化って?。
「快」、その「グルメ」がどれだけ地球環境破壊的かは誰も言わない。
下々の方で、ビーフバーガーの牛を槍玉にても、すでに飽きて飽食の時代に牛肉に舌鼓を打っていれば良いか。

中国にテーマパークラッシュだとか。
このテーマパークの「感動」が、どれほどの地球の環境破壊かは誰も言いたくないのだろう。
すでに中国テーマパークではゴミの山だとか。
だいたい、「生きること」をどれだけ地球環境が許容してくれるのか。
酸素・・・地球にとって生命は格段に小さく分別もないだろうけど、量が増えれば地球環境を変えてしまう。
一方、生物は闇雲に貪欲であることが自滅的であることから、自然淘汰か弱肉強食しかも頂点は下層にに生存を左右されるとか。
が、人間は頂点に君臨するばかりでなく闇雲に貪欲に略奪して消費している。
そのことで、化学薬品人工物の環境拡散、自然環境の剥ぎ取りや破壊を急速に拡大している。
「経済」ということもあるが、テーマパークとか「快」を求めることでの地球破壊は誰も言いたくない。
「快」をもとめることで、どれだけ地球に負荷をかけているか、地球環境を破壊しているか。

だけれども、「問題理解」よりも、「エンターティメント」や「感動」あるいは「快」を求めていたいのが人間。
それ~映画館とか冷房フル回転で大量廃熱してヒートアイランド現象大竜巻発生させろ!・・・と言っても大衆には関心事で無し。

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