« 日の丸セントリフュージュで拷問 | Main | 8月6日なんて止めてしまえ! »

大学研究では人類は宇宙に永住できない

自分が化物顔ということで「イジメに遭ってきたことで(これには加害者としても含む)、現状イジメの理解も解決手段もないことで、大学の心理学には疑懐の眼差しを向けているが。
で、このことを書くきっかけになったのは、ツイッタータイムラインで、「論文が読めるサービス云々」に、おいらが「心理学者はコミュ障だから云々」とリツイータしたことに対して、「具体的に?」という問い合わせが有ったことによる。
返信として、宇宙人は地球に来ない、を提示したが、、まぁ「・・・そうあるべき」ということで、理解もないだろう。
ということで、「心理学者のコミュ障」というところで、「イジメ」と「空気」で愚痴ることにした。
「イジメ」といことで話題にしたとしても、世間的に何の意味も無い話題事というのは見てのとうりで、愚痴るだけ無駄事なのだが、将来的に宇宙開発が頓挫する事を絡めて愚痴る。

さて、とは言え、宇宙開発が頓挫する事を絡めるのだから、まず宇宙船社会ということを想定しなければならない。
すでに、宇宙人は地球に来ない、で愚痴っていることだが。
さらに、人間は永遠に宇宙で暮らせない、で愚痴っているが、もう少し「宇宙船」ということを想定しておかなければ、宇宙船で暮らすことの話にならない。

宇宙船と言えば大和とか贋駄夢のスペースコロニーとか想定するところだが、それも30年以上前の物語事で、現状の科学(宇宙の物理学)的知見からすれば、いかがわしいものと言えるだろうに。
まず大和式人工重力は、「重力(引力+運動)」が遮蔽できないことによって実現されることの無いもののはずである。
ちなみに、最近知ったのに、ISSは無重力ではなく、地球の重力とISSの軌道と速度による遠心力によって「無重力」といことらしい。
「物理法則」によって考えてみればアッタリメーのことだが、大和式人工重力の船内人工重力1Gで小惑星帯に突っ込めば、地球が小惑星帯に突っ込むことと同じことになる。
小惑星帯に地球が突っ込めば、ロシアのごとく破壊現象大騒ぎ。
小惑星がぶつかってくるばかりか、「大和」は小惑星に覆われることになる。
小惑星バリアー(?)を使って「大和」を覆うまでもなく、内部1Gの「大和」は小惑星に覆われる事になるわけだ。
したがって、「人工重力」実現には「重力遮蔽技術」が有ることの両輪運用でなくては「人工重力」は使いものにならないというのが物理学的に間違った考え方ではないはずだが、では「重力を遮蔽する」とは物理学的にどういう物理法則として考えるべき事なのか?。
普通に考えるのに、「重力は遮蔽できない」というのが物理法則のはず。

次は贋駄夢のスペースコロニーとかの「回転遠心力による人工重力」。
これは、人間は永遠に宇宙で暮らせない、やフェイスブックの でも愚痴っていることだが。
「運動」からいえば、様々に法則があるというのに、言われているのが「回転」と「コリオリ力」くらいで、あんまり「物理学」からの運動の法則からは詳しいことを目にしていないが。
ということで、おいらの劣等生高卒ノータリンの妄想力であれこれ場合を考えてみたのだが、どうにも実現性があるようには思えない。
おいらの「小惑星商業採掘動画」は贋駄夢のようなスペースコロニーが実現しているところに「オマケ」として取りつければ、一石二鳥つーかコスト削減できるとほくそえんだが。
そもそも贋駄夢のようなスペースコロニーが実現できるとは思えないし、おいらの「小惑星商業採掘動画」もとうてい実現できるものでもなかろう。

それはおいといて、「宇宙船社会」ということを考えなければならないが。
ということで、「宇宙船」をまず想定することで、贋駄夢のようなスペースコロニーを持ち出したのだが。
これが、先の「人工重力」ではないが、「宇宙での巨大質量」というのは、つまり「重力」が大きくなるという視点が宇宙開発あるいは宇宙創作者の方々に抜けているのはどういうことだ?。
「イトカワ」はそれほど大きな小惑星ではないが、それでも「瓦礫が積もっている」。
飛来物が衝突するということも有るが、近隣物が「イトカワ」の重力にひかれて、ということもある。
そうやって、小惑星は成長したとされている。
ならば、我々人類が、宇宙に巨大質量施設を建造するとなれば、小惑星の成長と同じような現象が起きると想定するべきことではないのか?。
このことからすれば、「宇宙戦争」という設定では「物体の破壊」によって「飛来物」が宇宙に溢れているということだから、贋駄夢のようなスペースコロニーの巨大質量にはそれなりに重力が働いていることで、「飛来物」が巨大質量の重力に引き寄せられていると想定することができるはずだが。
デススターの巨大質量は月並みの重力を発生させている?。
蛇足だが、「シールド(バリアー)」は、シューメーカー・レヴィ第9彗星衝突を参照すれば、非実現性のものであることは一目瞭然。

蛇足の蛇足、彗星の衝突エネルギーより宇宙兵器の方が破壊エネルギーが小さいというのも「想定外」だろうし(イデオン波動砲VS彗星があったが・・・今の観測からいえばどうだろう?)。
そうしたことから、ある程度の技術(物理学理解とその応用)水準を超える(つまり現状の物理法則を越える?)までは、宇宙施設はある程度の大きさ以上のものを施設建設することはできないと想定できるはず。
まぁ見慣れればだが、贋駄夢のようなスペースコロニーの内観(?)というのもいかがなものだろうか?。
湾曲した見渡し・・・現状ドローンが問題になっているが、「見え方」というのは人間にとって問題になるときには問題になる。
一方で、「視覚技術」は進歩著しいことで、映像・立体投影技術の進歩から、景色などといった見えるものは、現時点でも人工的に再現されていることで、「空間の大きさ」ということはあまり意味を成さなくなってきているはず。
これは、「人間の生活空間として、大きさを必ずしも必要としない」ということだ
一方で、地球では現状伝染病が大流行ということで、免疫力が低下するとされる宇宙船では伝染病の拡大防止には備えなければならないであろう。
これは、居住空間の分割と独立性で対応しなければならないはず。
なによりも、「想定外」ということはあることで、宇宙施設は分割・独立であると考える一方で、あまりに小さな生命維持システムとなれば、管理・コストの問題が大きくなることで、安全確保と管理・コストのトレードオフを求めなければならないであろう。
だが、まだ有人宇宙開発の一般論として、まだ言われていないことがおいらにはどうしても合点がいかないのだが。
「宇宙施設」と言えども、必ず「通路」は備えられているものである。
地上なら、「避難通路」とか建築基準法で定められていることを満たさなければ、その施設の使用は認められない。
では、「宇宙施設の通路」とはどのようなものなのか?。
当然、大和・贋駄夢のような「通路」では、「想定外」には対処できない。
宇宙エレベーター構想にしても、中継宇宙施設を建設するとしながら、「通路」ということが考慮されているようには見受けられない。
宇宙施設の「通路」の問題点は、「インフラ」を併設していると想定すべきこと。
ロボットとか利用で、「インフラ」を完全独立させておけば、それだけ「通路」の負担を減らせるところだが。
管理・コストの問題と「想定外」への早急な対処の必要性から、「インフラ」を完全独立させるのは宇宙施設として「想定外」のことであろう。
となると、「隔壁を降ろせ!」ということがかなりの問題である。
「インフラ」を遮断しなければ、「隔壁」を降ろしても必ずしも「想定外」に対処できないとか。
ならば、「隔壁を降ろす」ことと「インフラ」を遮断することは同時にされることになるとか。
状況にもよるが、となれば、「想定外」の対処は「隔壁を降ろす」ことによって、「想定外」の事態が起きたセクションは死滅状態を呈する可能性だってある。
したがって、宇宙施設での「通路」は現状倫理が無いことでその基準を満たす施設(備品等も含む)構造も無いことで、「通路」のある宇宙施設に人間が住む状況には無いといことである。
ISSの場合は「連絡通路」というか、独立した宇宙施設を繋げただけというか。
「想定外」の時には他のセクションに避難するだけということらしいが。

こうしたことから、現状宇宙に人間が永住するというのはそれこそ「想定外」ということだとおいらは勝手に理解しているが。
いずれにしても、人間が宇宙に暮らすとしても、当面の間は「狭い空間」をシェアして生活していかなければならないし、宇宙船の中で生活するには、宇宙船の「想定」される運用には、その船内生活をする全ての個人が責任をもたねばならないというのは明確なことである。

ということから、大学の心理学とか教育とか社会理解とかの不合理さから、「宇宙船社会」の非実現性を愚痴る。

「宇宙船社会」ということで、そういうことになれば、子供の学校も宇宙船の中に造られることになる、とか贋駄夢スペースコロニーとか「想定」することは現状「想定外」なことだが。
「荒んだ学校」丸ごと宇宙船にもっていけば?。
というのは、誰しも話しにならない呆れ事として相手にされないだろうが。
だけれども、「宇宙船社会の中での学校が荒んだ」ということは、宇宙という極限の環境下での閉塞空間でのストレスフルな中にある学校ということであれば容易に「想定」できるはずだが。
「宇宙船」が分割と独立性により構成されているとすれば、集団ということがさほど大きくなく、問題に出会うことも回避出来そうだが、
宇宙人は地球に来ない、で愚痴っているが、「不遇」ということと「上下関係」ということは、相手がいれば強いることになる場合も「想定」できることから、「荒んだ関係」ということは「宇宙船社会」あるいは「宇宙船の中の学校」であっても「想定」するべきだが。
では、その解決はどうするのか?。
その心理学、つーか、現状「荒んだ関係」の深刻な難問題の一つである「イジメ」が現時点で解決していないことで、さらに大学が取り組んでいなように見えることで未来永劫解決できるとは思えないことで、「宇宙船社会」になっても解決策は無いと考えるのが順当なところ。

この「イジメ」が解決できないことには、「宇宙船社会」で「学校」をするというのは危険極まりない。
自暴自棄新幹線ガソリン焼身自殺テロ・・・違う。
違うけれども、「イジメ」が人を追い詰めることが深刻な問題で、その結果として人の命が失われるのはドーデモイイじゃん。
それが、その「命を失おうとすること」で「宇宙船」に深刻な「想定外」な事態になってもいいじゃん。
そうなってはならないのは自明なのだから、「イジメ」に対しての理解や解決策は「宇宙船社会」には必須なことのはずだが。
では現状教育組織の頂点であり心の理解や教育者の要請機関であるところの大学に、「イジメ」に対しての理解や解決策があるかと言えば、見てのとうりの半世紀前から「イジメは深刻です」の繰り返し。
大学の「イジメ」に対しての理解は進歩してんのかい?。

さて、おいらは見てのとうりの化物顔であることから、「イジメ被害」にはよく遭ったが。
一方深刻というほどでもなかったはずだが、「イジメ加害者」の立ち場でもあった。
その双方の立場で言うことはできるが。
いや、その双方の立場は子供が発信しているのだから、「イジメ」の理解には事足るはずだが。
だけれども、専門家というか大人が「イジメ」を理解しているようには見えない。
専門家というか大人が「イジメ」を理解しているのであれば、戦後からでもそれなりに「イジメ」の理解や解決策が進歩してきているはずだが、まったくそのような社会的風評(「自分は「イジメ加害者」の立場でこんな「イジメ加害をしました」という自己申告など)も無い。
となれば、「イジメ」の解決ということには、専門家というか大人の側に問題があるということになる。
が、専門家というか大人がしていることなので、そこに異を唱える者がいないから、この半世紀「イジメ問題は深刻です」ということの繰り返しに誰も疑問をもたなかったのだろう。
会社運営とか、半世紀駄目な事をやる分けにはいかないのは、会社勤めしている者なら誰でも言うまでもないことは分かるはずなのだが。
やっているとしても結果が出ないのだから、理解ややり方に間違いがあることに気がつけよ!。
ということがなくての半世紀、ということになる。

で、そうすれば、専門家というか大人側の問題に気づいて提示して、そのことを問い詰めるべきだが、これが専門家というか大人側が厚顔無恥な者共ばかりだから無意味なことなのは分かっている。
という理由から、「イジメが永遠に解決できない」のだから、「宇宙船社会」が永遠に実現できない根拠として愚痴る。

今現在、専門家というか大人側の「イジメ問題の理解」での問題点においらが気づいていいるのは3点あるが。
まぁ、宇宙人は地球に来ない、で愚痴っている「不遇」と「地位」や「主導権」その他考えることは様々にあるが、いずれにしても、専門家というか大人側は「イジメ」理解がてんで足りてない、だから当然「イジメ」の理解も解決策も持ち得ないわけだが。
反論としては、「うちの学校ではイジメは無い」とか「うちの学校ではイジメを解決した」とか。
はい、それではその考え方を深刻な「イジメ」のある学校に適用しましょう。
そんだけのこと。
無いとか解決したとかの反論では役に立たんのは、「イジメ」はそこかしこで行われていることでその下々に即効薬が無い事実によって糞の役にも立たんということだ。
そこかしこで行われている「イジメ」を早急に検知・認識して解決することを共有できるようにしなければならない、ということが共感のはず。
ということが、「イジメ」ということで必要な知見のはず。
だけれども、そうしたことで専門家というか大人が知見を共有するようにできるか?、というと、できない理由を3点上げる。

その1。
「自分が子供の時にはイジメはなかった」
このことは様々に方向性があるが、今「イジメ」に遭っている子供の立場にすれば、共感の無い冷遇な態度でしかない。
こういう輩が「イジメ」をどうやって理解する?。
どこぞの専門家が書き並べた例文を事実として能書き垂れるのかい?。

その2。
「今のイジメ」と「昔のイジメ」は違う」、あるいは「今の方が「イジメ」は深刻だ」
となれば、その過去の「イジメ」を提示しろよ!。
もちろん、「マスコミが取り上げたセンセーショナルな「イジメ」」ってな、事実関係の確認のしようがないことで、学校側で調査したものとか事実関係が参照できるものでなければ意味無いが。
事実有ったことを提示しなければ、相対的に考える根拠はなかろうが!。

その3。
「大人社会にも「イジメ」はあるが、子供の「イジメ」を考えるときには言わない」
大人側はふざけてんのか!。

物事を考えるというのは、突然のことをなんの知識もなく考えることでは成り立たない。
何か過去の参照できること、自分が持っている経験を参照すること、「事実」を詳らかにすること・・・などなど。
こうしたことは大学関係者なら言わずもがな。
だけれども、「子供のイジメを考える」と言うときには上記3項目とかをフィルタリングして、「現在進行形の子供の「イジメ」」に限って、「イジメ」の専門家や大人側はまぜかやしたい(←広島弁)わけだ←おんどりゃぁーテメーなめくさしとんのか!(←これは悪名高き広島弁喧嘩言葉、「イジメ」で使うと最悪)。
大人は子供時代を過ごしてきたわけだし、大人社会は「イジメ」が溢れている。
ならば、そうした「事実」が参照されて考察・理解されるべきだろうに。
「事実」を参照しない、ということならば、「理解を拒絶する」ということだろうに。
「いや、我々は今の子供にフォーカスして真剣に考えています」
とかぬかす専門家もいるだろうが、「今の子供」"のみを見て"をどうやって理解するんだよ?。
この問いの根拠は、おいらが子供時代に大人と距離をおいていたこと・大人の目の届かないところでは自分勝手なことをしていたこと、こうしたことは、今の子供でも変わらないし、そうしたことで「イジメ」は見えずらい(つまり理解しづらい)ということ、だ。
なれば、「いや、我々は今の子供にフォーカスして真剣に考えています」、ということに「事実」を見ている根拠は無いということだ。
専門家や大人側にとって、「イジメ」の事実関係の例示として手に入る根拠は、自分達の子供時代であり、大人社会の「イジメ」である。
が、専門家や大人側は「現在進行形の子供の「イジメ」」には、「イジメ」の事実関係の例示として手に入る根拠は参照しない、ことで今の子供の「イジメ」を考えたいわけだ。
そうすれば、自身の否定的な面には目を向けなくて済むし、自身の存在意義や誠意(どこぞの芸能人でもあるまいし)といった肯定的認識を持っていられるという絡繰りだ。
だが明確なこは、「イジメ」が継続しているということは、そこで対応している専門家や大人側は無力・無能だ、という事実だ。
特に「イジメ」の専門家ならば、この半世紀にどれだけの「イジメ」解決を成してきたのか?、と実績を例示してもらいたいものだ。
「イジメ被害者を集団から外して解決しました」って程度が関の山。
宇宙人は地球に来ない、で愚痴っているが、子供時代に「不遇」や「地位」といったことは経験している者は経験していることで、今の子供社会でもそのことは同様にある場合もあり、そのことを見て取るなら、大人が子供社会を見るとしても見て取れることだ。
いつぞや、公共放送の受信料の無駄遣い番組の22:00でしていた「イジメ番組」に中途でチャンネル変えたら女子学生が出ていたが。
「ああこいつならイジメの対象になるな」
と思って観ていたら、なんのことはない、「イジメ」から逃れて「イジメ被害者のたまり場学校」に変わってきたという話だった。
子供の時に「イジメ加害者」であったならば、あるいは、クラスに「イジメ被害者」がいれば、どういった奴が「イジメ対象」になるか、多少なりとも分かりそうなものだ。
あるいは「イジメ加害者」の性分とか。
親になってみて、子供の授業参観に行けば、どんな子供がいるのか一望の下だろうし、自分の子供をいつも見ていれば、その性分も分かりそうというもの。
こうしたことは、「自分の子供時代を参照する」という過程がなければできないし、「イジメ」でこうした過程を踏まなければ理解出来ない。
だけど、「現在進行形の子供の「イジメ」」を考えるときには、その1・その2で「自分の子供時代は参照すしない」。
その3は言わずもがな、「子供の「イジメ」はまったく未知な理解不能なこと」にしていろ!→「イジメ」の専門家と大人側。
蛇足だが、以前勤めていた会社で、おいら化物顔の天敵「健常者キチガイ」にエライ目に遭わされた。
おいら10年選手に、入ってきて一月もならないければ仕事も覚えていない内から「おまえ」呼ばわり。
3っつ年下で地位的においらは準社員でむこうは雇われ社員((正社員でもなければ派遣社員でもないし、中途採用でもなけれパートでもアルバイトでもない)よー分からん雇用形態)。
結局のところ、会社側が、こいつのおいらへの傍若無人を容認したとか肯定していたというか。
つまり学校でも、学校ないしクラスに「イジメ」を容認する「空気」があるとか、そのことで自殺に追い込まれたりするわけだ。
で、「子供と大人のイジメは違う」ってか?。

最大の問題点は、子供の時に「イジメ加害者」であった者が、「現在進行形の子供のイジメ」議論に「イジメ加害者」として参加していないことだ。
で、「子供のイジメ被害をなくしましょう」。
物事は一つの場合だけではなく、立場の違いがあり、その立場の違いの意見がそれぞれ提示されて全体を考えていこうとすることで、その物事の理解や解決策が見いだされていくのではないのかな?→大学講義のエライセンセイ方。
「イジメ被害者側を救う」という考え方だけで「イジメ」が解決するって?。
やってもらおーじゃないか!、て、できていないから「現在進行形の子供のイジメ問題」だろうに。
このことは「自我防衛」だっけ?、心理学のエライセンセイがお得意論調で講義でもされればよろしいだろうが、否定的なことは抑圧して出てこないということだ。
から、その1・その2・その3ということになって、「いや、我々は今の子供にフォーカスして真剣に考えています」とか、自身の存在意義や誠意(どこぞの芸能人でもあるまいし)といった肯定的認識を持っていたいために「子供のイジメを考える」ということをしているだけ。
つまり「イジメ」の専門家や大人社会は「子供のためにしている」わけではない、ということだ。
「子供のイジメ」を考える時には、その1・その2・その3を考慮参照して「現在進行形の子供の「イジメ」」を見渡すとか、さらには「イジメ加害者経験者」が議論に参加なければ、「現在進行形の子供のイジメ」」が理解できなくて当然事のこと。
従って、大学のエライセンセイがその1・その2・その3が「現在進行形の子供の「イジメ」」を考えるときになぜ参照できないのか詳らかにし、「現在進行形の子供のイジメ」」を考える時に、その1・その2・その3を考慮参照するようにしなければ、おいらの知る限り半世紀繰り返されてきた「「子供のイジメ問題」解決の進展は無い。
その1、ということでは、ツイッターでズッコケ事が有った。
その1はおいらしか言っていない、かどうかは未確認だが、おそらく言い出しっぺはおいら一人であると自惚れているが。
それがツイッタータイムラインで他のユーザーが専門家の理解の程度にその1を提示していた。
ただし、なぜその1のようなことになるのかは幾つか理由はあるのだから、その幾つかある理由を理解していなければ単なるコピペ事を振り回しているだけで、突っ込まれたら反撃もできないだろうが。
もう一つ、これが専門家への攻撃事、つまり「出る杭を打ちたい」のであれば、その1を振り回していたユーザーは子供の頃には「イジメ加害者」サイドだったと想定できる。
なれば、それこそその1ではないが、子供の頃は「イジメ」があったのか無かったのか言及してからその1を振り回してもらいたいものだ。

まぁおいらも「イジメ」ていたM君もなんとか生活しているとか。
他に、一学年下の女性はどうしているかな~、コミュ障というかもんのすごくドンクサイから、社会不適応は必至だと思うが・・・。
蛇足だが、M君はもんのすご~く大人しいチビだった。
おいらはミミズが寝返りをうったような字しか書けないが、M君はカチッとした字を書いていたのが印象で、あんまし知的水準が低いということではなかったはずだが。
ただ話すことがままならないので、コミュニケーションをとるのに難渋していた。
で、数年前にクラス会を開いたということで、おいらは参加しなかったが、その中にM君の誘いに関して数単語記載があった
そのことからすると、生活状況は芳しくないように思えるのだが、実際は確認してないから分からない。
つまり、「出る杭」の「イジメ被害者」ならば、社会に出てもそれなりに生活していけるものだろうが、「弱い立場のイジメ被害者」となると、この厳しい社会に出ても生活が苦しいのではないのか?。
一方、他で愚痴っているが、「イジメ加害者脳」では、おいら化物顔の天敵「健常者キチガイ」はコミュ障で認知の歪みを抱えていることで、歳と共に落ちぶれていくものだが。
それはそれとして、攻撃性・執拗・共感の無さ・認知の歪み(「健常者キチガイ」に限らないが、おいらが化物顔だから人間性を否定できるとか、一方的思い込みからの対人関係)などから「イジメ加害」をするとすれば、こうしたことは、痴呆・認知症や孤独死のリスクになるとおいらは考えるのだが。
問題なのは、「イジメ加害者脳はイジメ被害者にもある」。
当然のことだが、「イジメ」は力関係や周囲の空気の問題で、攻撃性・執拗・共感の無さ・認知の歪みがイジメ加害として顕在化することもあれば、イジメの対象にされることにもなる。
だいたいもって、大学の心理学のエライセンセイとて、子供時代には「イジメ」の最中にいたり、まわりにあった経験を持つ者はいくらでもいるはずだ。
さらには大学生徒もそうであるように、毎年の新入生からの情報をもとに、そのクラスメイトに調査を広げることもできよう。
場合によっては付属小・中・高に直接出向くこともできれば、先生の卵が実習に出向く学校でも知見を得ることは可能なはずだ。
だいたい先生の卵つーか、先生をするときに「イジメ」の対応スキルが皆無ってなまるで話に並んだろうに。
「いや、「子供のイジメ対応」のスキルも要請しています」ってなら学校現場で困るなよ→学校の先生。
ついでにいえば、「スーパービジョン」というものが受けたことが無いので分からないが、心理学のエライセンセイであれば、その専門としている「イジメ」というものの理解があることで、自分が子供時代の「イジメ」を参照することもできるだろうし、クラス会でもしていれば、「イジメ」に関わったクラスメイトの「面接」もできようというもの。
それが、その時々の「現在進行形の子供のイジメ理解」に限って言ってるとかマヌケなことをしているのかい?。
現状深刻な「イジメ」ということも問題であるが。
だから飛び抜けた話題性に飛びつくというのも自己啓示欲的には心地良いことだろうが。
そこかしこ普通にある「イジメ」に対処することを求められているのが教育界全般のことだろうに。
そこかしこ普通にあるということは、心理学のエライセンセイや「イジメ」を専門としている方々の自分が子供時代の「イジメ」に関わったクラスであり、大学生徒もそうであるように、毎年の新入生やそのクラスメイトに調査を広げることもできようし、付属小・中・高に直接出向くこともできれば、先生の卵が実習に出向く学校でも、いくらでも「イジメ」の実態や「イジメ」に関わった人間に関わりを求めることができるはずだ。
だけれども、「実態調査」とかの「空気」のごとく分けの分からんような調査はしても、エライセンセイが実際に関わった経験が出てこないのはどういうことだ?。
つまりは、その1・その2・その3を参照することが都合が悪いからだろう?。
御都合主義で、「現在進行形の子供のイジメを考えていま~す」てか?。

ということで大学のエライセンセイは、子供の「イジメ」を考えるときにはにその1・その2・その3を提示して考えるようにしましょうや。
とすると、「子供のイジメ」を考えるとする「イジメ」の専門家や大人側がから、「なにKY」なこと言ってるんだよう!」とクレームをつけられることになるだろう。

と、おいらがイジメたM君だが、M君をイジメていたM君は呆けていないかな~。
中1の冬だったか、中学の池に氷がはっていて、イジメ加害者のM君がイジメ被害者のM君を羽交い締めするように抱えて、池の氷に足をのせさせたというか突き刺したというかのを今でも覚えているが。
当時を振り返ってみるに、その他イジメ加害者サイドに回る側ってのは、「若い」と言う印象が無い。
そりゃ自分の考えに囚われて攻撃的、ってな偏屈な年寄の専売特許だろうに。
で、こういう奴って、やたら周囲に文句が多いわけだ。
つるんで攻撃性を発揮するには良いが、年を取って来ると、周囲からは偏屈な年寄と煙たがられるから、知らないところで孤独死していてくれればいい気味。
なんにしても、「イジメ」は「加害者」「被害者」いずれも追跡調査が必須であり、この調査の積み重ねなくして「イジメを考えて理解する」ことは成立しない。

ということで「KY」について愚痴る。
おいらも前の会社で「KY」だとされていたが、この「KY」がもてはやされたときに、なぜに大学の心理学とかのエライセンセイが「空気」の方を問わなかったのか?。
宇宙人は地球に来ない、で愚痴っていることだが、時に「空気」の方に問題があることをなぜ問わない?。
「イジメ」とて「KY」だからとして、だけでなく「イジメ」をするのを容認する「空気」の方が問題だったりするわけだ。
「空気」の方に問題があった、か。
すでに、宇宙人は地球に来ない、で愚痴っていることだが、「空気」というのは時に甚大な人権問題にもなる。
「クサレ」も「空気」つーか、おいら化物顔に対しての「健常者キチガイ」の傍若無人から想定するに、「不遇」ということにものすごく過敏で頑なな決めつけ心理を持つ人が問題を深刻させたのではないのか?。
「魔女狩り」「ユダヤ人弾圧」、まぁ「エイズ」は川向こうの火事事なのが良いのか悪いのか?。
蛇足だけれども、煽動や弾圧、近況では「風評」といったっことも、「不遇」ということにものすごく過敏で頑なな決めつけ心理を持つ人が問題を深刻させていると考えることができるはずだ。
「こうしことがありました」「このように深刻に(あるいは広がり)になりました」とは大学研究で述べられているけれども、個々の人の心理研究がなされなければ、予防も対処も即応性とか抑制にはならないのではないのか?。
この程度のことで止まって良いとするならば、この「こうしことがありました」「このように深刻に(あるいは広がり)になりました」程度の研究を、そのまま「宇宙船社会」に持っていけば良いではないか?。
「宇宙船」と言う時には、極限の環境下での閉塞空間ということで、その「空気」によっては集団での心理は想像を絶することになるであろう。
今のような選りすぐりな上に選び抜かれた方々の短期間宇宙生活ということで、極限の環境下での閉塞空間での集団心理ということは噴出しないが、有象無象の者共が極限の環境下での閉塞空間に押し込まれれば、深刻な問題噴出は「想定内」のこと。
だから、地上生活での集団・対人・個人心理の問題は解決しておかなければならないということが有人宇宙開発では必須なことだ。
「障害者」「自然」などの問題考えよう運動が「空気」であることも、宇宙人は地球に来ない、で愚痴った。
学校の「空気」ということが、「イジメ」だけでなく「優秀校」ということでも言われることだ。
大学でも、今年の新入生の「空気」は関心事だろうし、大学全体の「空気」にはことさら気を使うことだろう。
大学紛争の「空気」には大学側も手痛い目に遭ったろうに。
それから浅間山山荘に至るまでの、その事件集団の「空気」はそれは壮絶なものだったろう。
日本軍の「進出」から特攻・玉砕とかの「空気」よ再来させよう!。
となれば、異を唱える者は「KY」だ!。
ところが、大学側、という限定なことではないが、上記のごとくその時の政治的に肯定的な「空気」ということは、その時の政権とか「空気」を醸成することで恩恵を求める者にとっては渇望事だ。
さらには大学にとっても影響の甚大な「経済」。
ブームとか馬鹿たれごとは止めささんかい!。
というのは「経済」至上主義からすれば「KY」だが。
たまごっち、とか消費意欲を掻き立てる「空気」ということは、大学とか大学関係者も含めて「経済活動」をする者にとっては渇望事。
そのことで、地球環境は悪化もするし、いらぬ人心や対人関係に軋轢をもたらす。
だけど、いつぞやの「こころの科学」のコラムかなにかに掲載されていたオウム真理教関係者の心理、ということでもないが、テーマパークに行っても面白くない・馴染めない、というのは「経済活動」からすれば「KY」なわけだ。
ともかく「経済」で動いているのだから、大衆は「経済活動」に」参加していなければならない、という「空気」。
自動車も乗らない、家もいらないし、結婚しなくても良い、旅行も行かない、酒も飲まない、などという「空気」では、「経済」がやっていられないわけだ。

閑話休題、公共放送の受信料の無駄遣い朝番組で物を持たない 若者ミニマリストが取り上げられていたが、「若者」とかこの嗜好者の立場からだけ考える、ってのは「マスメディア真理教単細胞ノータリン狂信者」向けの「マスメディア真理教」ごと。
「大学」が「経済」に依存(物を買ってくれなければ、研究開発費を企業に出してもらえないのだし、その他いくらでも理由はある)していることからすれば、この「反経済活動的心理」といのは、大学側にすれば看過できないことのはずだが、「経済の沈降」という「空気(これは確固たる意味のある)」に対応している物を持たない 若者ミニマリストという「空気(まだ釈然としない流行り程度のそれこそ「空気」のように見なせるもの)」が、これから実態を持って広がりを見せていくことを懸念しなければ成らない立場だろうに。
だがしかし、この物を持たない 若者ミニマリストの「空気」に対して、「空気」という理解の無い「大学」には何もできないことだろうが。

そうして、その時々の人の立場によって、求める(求めたくない)「空気」があるというのは明確なことでもある。
つまり、「空気」とはどのようなことで、その「空気」に我々大衆あるいはその「空気」を求める者はどのように考え対処するべきか?、ということが大学のエライセンセイが考を提示しているべきではないのか?。
「群衆心理」とか、「ブーム(トレンド?流行?)」とか利益・不利益ということでは考えられてきていることでもあろうが、日常あらゆるところにある「KY」を言うように「空気」ということにフォーカスして大学のエライセンセイが考えていないのはどういうことだ?。
考えてみれば、「KY」ということから、大本の「空気」の方に注意喚起を促せたはずだが。
それこそ「KYだ」か。
この「KY」ということでは、大学が警鐘を鳴らさねばならなかった義務があったはずだが、このことでそれこそネイチャーに論文とか出ているのだろうか?・・・ってセンセーションなことではないから下らないポイッごとか。

それこそ閑話休題、2題。

その1 岩手中学2年自殺。
父親が中学に説明求めに行ったらチュンタロウで帰ってきたという話。
「身の保身」だよ、アッタリメージャン。
学校として学校の保身をしなけりゃならんし、学校として先生の保身をしなくちゃならんし、学校として生徒の保身をしなけりゃならん。
まぁ、外野は非難号剛といったところだが。
だけど、「イジメ」はどこでも誰でもしてきた、ということからすれば、「イジメ加害者」が「イジメ加害」したことを吐露しなけりゃならんだろうが?。
そいうことをしないのが、今の「大人社会の保身」だろうに。
翻って、「宇宙船社会」つまり「宇宙船」で問題が起きたときに、「身の保身」を優先された時に、「宇宙船の安全」を損なうことにならないのかよ?。
学校側「身の保身」で「イジメ自殺ナァナァ」、なら、宇宙船社会「身の保身」で「宇宙船事故ナァナァ」で言いじゃん→大学のエライセンセイ。

その2 以前、ツイッターTLで、イジメ問題の専門家とかが原発反対論じていたけれども。
ふと思い当たるに、んじゃぁ福島原発稼働からこっち、全国でドンダケーの「イジメ被害者」が避難民として学校を離れたんだよ?。
んでこの期間にドンダケーの「イジメ自殺者」を出したんだよ?。
んでもって、この期間の間に、「イジメ問題の解決」がドンダケー進展したんだよ?。
「原発推進関係者」と「原発廃炉作業関係者」を非難するのは勝手だが、「イジメ」の専門家が「イジメ解決」に無力(つまりイジメ理解が無い)なことは自らに問わないのかよ?。
って、非難・否定・蔑み・攻撃・・・等々では問題解決しないのが、「原発」にしろ「イジメ」にしろ、この半世紀で分かっていることだろうに。
当然だが、「宇宙船社会」でこういう「解決しないやり口」をやっていたら、長期的にもだが、短期的にも「宇宙船」が機能しなくなったりするだろうに。
こういう話し合いの心理・・・つーか、もうフロイトとユングの頃から議論については心理学は役に立たんか。
まぁせいぜい人間は、非難・否定・蔑み・攻撃・・・等々では問題解決を遷延させてればいいじゃん。
そうすれば「宇宙船社会」の問題で「宇宙船」が宇宙の海の藻くずと消えてくれるさ。

おいらが化物顔ということで、社会(子供社会や会社組織も含む)から冷遇されてきた分けだが。
もっとも人間性や能力的に劣っていたり歪んでいたりしていることでの忌避もされたわけだが。
そうしたことで人間観察の機会に恵まれたわけだ。
人間観察してきたことで、こういうことをやらかしていたら、宇宙船社会は成り立たない。
宇宙船社会が成り立たないというのは、公平な資源と負担の分配が「イジメ」を容認すると成り立たなくなる、ということだ。
しかし、我々人間は「イジメ」を無くす知見や理解や方法を持ち合わせていない。

「自分が子供の時にはイジメはなかった」、と言える心理が詳らかに語られない「大学イジメ研究」では「イジメ解決」には役に立たんが、なぜ「イジメがなかった」と言えるかは多少なりとも「イジメの現場」から思い知らされたことはある。
大学のエライセンセイほどのまとまった机上の空論は書けてはいないが、「主導権(選択・進路・歩調)・・・愚か者の執着心」ということで、ここで攻撃性・責め・被害感や不満などなどが噴出する。
「他人が自分の考えでなければならない」
というのは「コミュ障」で、自分がしているところから離れて他人事なら理解をしめせるが、とかく人は「他人が自分の考えでなければならない」と執着して自分がしている時には「コミュ障」だとは思わない。
「自分の考えでない者」が「コミュ障」だと思い込んで始末が悪い。
こういうのは、正に「主導権の執着」様々だね。

では、なぜ「イジメ」が公平な資源と負担の分配を破壊するのか?。
って、たいていの子供時代を過ごした者共には愚問のはずだが。
「取りぶんが多いい方が良い」
「負担させられるのは嫌だ」
というのは人間らしい欲望の持ち方。
そうした時に、宇宙人は地球に来ない、で愚痴っているが、「不遇」という方法論と言うか決めつけというか。
あいつは俺より下だ。
俺の方が優れている。
自分が上に思っているのに、取り分が少ないのは頭にくる!。
自分が下だと思っているやつが取り分が多いのは頭にくる!。
自分より下の奴が自分と同じなのは頭にくる!。
上の俺がすることじゃない、下のあいつが面倒なことをするのが当然だ!。
上だと思ってこの場を勝手に仕切るな!。
こうしたことは、資源を確保したり負担を押しつけることができればなんでもない。
当然資源を失い負担を背負わされでもしたら「イジメ」られている、と思うわけだ。「自分が子供の時にはイジメはなかった」と言えるのには幾つかの理由があるが、その内の一つの考え方というか、着眼点がこの資源と負担ということ。
ただ、このこともかなり複雑というか多様な意味合いを含意していることで、単純に見なすと言う分けにもいかないが。
能力や立場、価値観や境遇、性格や病理、ストレス過敏性や耐性・・・様々なことが絡んで「イジメ」として噴出するか「イジメ」にはならないか判然しない。
もんのすご~く極端な例だと、水泳の木原選手(古すぎる)は身体障害者を毎日おんぶして学校に行っていたとか。
身体障害者というと、差別的に言えば健康管理の行き届かないバッチイ体・・涎でも無自覚に垂れてるとか・・・。
これを無理やりしかも繰り返し回りに囃し立てられてさせられたら「イジメ」でしかなかろうが!。
おいらで言えば、「健常者キチガイ」が職場にて、おいら10年選手に一月にもならん内から「オマエ」呼ばわりで、おいらに仕事を押しつけて他の若造と連れだってタバコ吸いに逃げて歓談・・・まぁ、雁首揃えて皆首切りになったが、この「健常者キチガイ」は「できることをしていただけ」であり「見下している者が言いなりにするのが当然」くらいの感覚しかない。
まぁ、言いなりにしないときに腹を立てたこと腹を立てたこと・・・宇宙船社会にこういう輩を何名でもどうぞ→JAXA。

ただ、人間は「欲求」を満たしたい・負担は嫌だ」というのが正直なところだが、「宇宙船社会」では「資源」は限られているし、限られている「資源」を公平に分配しなければ、「宇宙船社会」が不平から破綻しかねない。
当然、するべき「負担」というものは各々個人が公平に背負わなければならない。
ところが、能力や立場、価値観や境遇、性格や病理、ストレス過敏性や耐性・・・様々なことが絡んで「公平」ということには、どんな手法を使おうと各々から不平不満が噴出する。
まずは、子供時代の「イジメ」から多少なりとも解決策を見出さないと、人類が宇宙に永住するには不平不満からのリスクが大きい。
だけれども、大人は「自分が子供の時にはイジメはなかった」ということで、子供の「イジメ」理解ができないことで「イジメ」の理解も解決策ももたないことで、我々人類は「宇宙船社会」を成す術を持ち得ることは無い。
中国が有人宇宙開発と言っても、例えば各国の宇宙飛行士が乗り込んだ宇宙船が宇宙で事故という時には、当然中国国家の所有物である宇宙船の管理権ということで、人数減らされんと宇宙船が持たんとなれば、他国宇宙飛行士投棄とか、そういうことを前提に中国と有人宇宙開発しましょうよ→JAXA。
っていうことで、その他いろんな問題を抱える中国が、宇宙開発で主導権を持つとは考えにくい。

人間は「自分」という意識を持つ知的生物だが、これは、地球環境が生存に適している恩恵によって「自分」でいられること。
これが極限の環境下の死滅状態を呈する宇宙でも同じように「自分」でいることに執着していられるわけではない。
「自分」は資源を求めたいし、負担になることは少なくしたい。
宇宙飛行士は選別の上に選別を繰り返して選べばよいことだが、宇宙船社会となれば、「健常者キチガイ」は理解が無いにしても、暴力残忍系サイコパスだの癲癇だの「イジメ」常習者だの搾取・横着だの「資源」と「負担」の公平な分配を墓かいする者はいくらでも紛れている。
そういう理屈はちょっと人間に詳しくなれば誰でも分かることなはずだが、それで「誰でも宇宙に行けます」と法螺話宣伝するのかよ?→JAXA。

で、そもそも大学というところは、他者より優れていたいとか、主導権を持ちたいとか・・・主導権を求め拡充したいために行きたい・・・まぁ、今はどこぞの有象無象の吹き溜まりみたいなところもあるらしが・・・高校の時に、勉強ができなくても入って出られる大学に親の脛齧りでいかせてもらうんだと古文の先生にからかわれていたUは、今ど~しているかなぁ~。
んでもって、経営学部とか経済学部とかよーしらんが、人を使いたいとか人から搾取する方法とか、さっきの「イジメ」の愚痴の如くなことを壮大に社会にしてやろうってことで、そりゃさっきの「イジメ」の愚痴なんて話にも登らんだろうから「自分が子供の頃にはイジメは無かった」と平左に言わしめるさね。
んだから大学で「イジメ」を理解するなんて未来永劫できっこない。

東京都豊島区のJR池袋駅東口で16日、自動車運転処罰法違反(過失傷害)容疑で現行犯逮捕された医師金子庄一郎容疑者(53)=北区王子3=がてんかんの持病で定期的に通院していた。
ここでこんなんいれてもしゃーないが、宇宙に永住するには重要な問題なので挿入しとく。
てんかんは日本に何人いる?。
まぁ検索すれば出ようが。
だけど、他に精神分裂病もあれば、認知症・痴呆症もあるし、ダウン症も自閉症も双極性とかあれこれ有る。
他に身体障害者だっていよう。
で、これらの発生率なんか、統計学的にはメッチャ高い。
で、あんたら、こいうキチガイどもを近所で見たんか?。
たとえば町内会があれば25件とかでも各家庭があるわけだ。
ということは、100人前後の人間がいるわけだけど。
そうすると100人の中にはそういうキチガイ的なことに罹患している人が、統計学的には1とりや2人いるはずだ。
だけど、通常町内でそういうキチガイを見ることが有るんかい?。
たいがいは爪弾きで。家に引きこもりか自助グループ的に社会から隔絶しているから見る機会がそんなにないわけだ。
ということで、健常者の知らないところで生活している人が、突如として社会に危害を加えれば目の敵ということになるわけだ。
だけど、こういうキチガイの防止ということでは、地域社会が見守っていることが一番の解決策なんだけど。
ところが、こういうキチガイというのは専門的知識と専門のトレーニングが必要なわけで、キチガイ側にしてみれば、そういう専門性の無い無理解者に関わられるのは迷惑とか混乱のもとになったりするわけだ。
宇宙人は地球に来ない、で愚痴っているが、これは生命活動に適した環境があることで、キチガイなんか社会に出てくるな!、としていられるわけだが。
だけど、「宇宙船社会」ではそういう分けにはいかない。
ハイルヒットラー!的にキチガイは粛清するものとして容認されるならこれにこしたことはないが。
例えば、地上で現状の用に宇宙飛行士の選別に選別をした上での選りすぐりの短期宇宙滞在なら問題にはならないが。
これが、有象無象の者共の長期滞在となれば、かなりキチガイということは問題になる。
頻発進行性の脳梗塞認知症で徘徊見当識不良を共に長期滞在なんて笑ってられない。
地上でキチガイを相手にしていられないなら、宇宙社会ではなおさらキチガイを相手にしてられない。
こういうところの宇宙船社会の構築はどうすんだよ?→大学。
必要なことは、諸問題を解決した上で宇宙船社会を構築していくことだが、まずもって地球生活の諸問題が解決する目処が無い。
ということで、キチガイ問題をこのまま宇宙に持ち出すことになるっての、宇宙開発としては現実的でもあるまい。
宇宙開発は
技術的困難さに目を奪われているから、技術ができれば宇宙に行けると思われているが、キチガイ問題つーか、人間が宇宙船社会を構築していくにはどのようなことを問題として解決策を考えなければならないか?、と言う視点が欠けていることで、いずれ大きな壁にぶつかることになる。
健常者と言っても、問題でないことさえ問題にしてしまうのが健常者だったりする。
おいらの化物顔だって社会生活上問題ではないが、健常者が致命傷にしてくれるのだし。
んだから、宇宙での生活が普通にできるようになるまでに、地上での人間の問題を解決しておく必要があるのは自明だが、そういうところを率先してするべき大学のイジメ無解決半世紀を見てみれば、宇宙開発の未来が暗いのは自暗ってところ。

日の丸宇宙飛行士さんも、おいらのクッダラネー愚痴ほっとくよりブロックすりゃいいのに・・・。
って、「否定的」なことは参照しなければならんのだが。
これはクレーム処理で常識。
社会に出れば、つーか対人関係するとなれば、自分の考えばかりに執着することはできないし、否定的な考えも保持しなければならない。
もちろん、他の考えを参照しなくてはならないときもあれば、修正した方が自分にメリットがあると。
固持し続ければ不利益だとか。

でジェンダーとか極端な例、と言うよりも、ネットワークに限らず日常でも、「否定」に対して無視するとか過剰反応があるとかするが、これって「主観」?だから?。
「主観・客観」とか大学行ってないおいら劣等生高卒ノータリンは関わりたくない考え方だが、自分だけの世界・・・オタク?。
そういうところで、社会との摺り合わせができていないとか、したくないということで否定的なことは拒絶するとか。
平和運動とか、自然保護とか、オタク的つまり自己の中で描いた世界を現実と勘違いしていて、その自己の中で描いた世界にならなければならないとかそう有るべきとか言っている、と理解すれば、ああそうなんだなぁ、と言ったところ。
自分の考えを持つということは必要だが、それは他の人もそれぞれにそれぞれの自分の考えを持つということだ。
そのことは、興味も違えば考え方も違うし置かれている社会やその立場もちがうことになることで、自分の考えとは違う人が多様沢山にいるということだ。
自分以外の考えがあるということは、その中には自分の考えに対して否定的な考えもあるということだし、それはつまりその考えを持つ人も自分の考えは持ち続けるということだ。
したがって、否定的な考えは変わらないし、その人にあり続ける、ということになる。
ということは、否定や無視では自分の考えに執着していても、自分の考えがその否定的考えの人や社会に認知されることはないということだ。
話が飛んでいるわけではなく、それぞれの人が自分が持っていたい考えを変えたくないということだ。
社会性と言うか、コミュニケーションと言うか、内心の考えは持つとしても、対外的には摺り合わせと言うか、話を合わせるようにする・・・国同士なら外交ということでやってる。これが強行に主張して折れない同士だと戦争してということになる。
もちろん相手側にもゆずってもらうとか引いてもらうとかする駆け引きは必要だけれども、自分の考えがどの程度一般化しているものかということは社会性を発揮して理解しておかなければならない。
周知がなければないほど、一般的理解からかけはなれているほど、他の人や社会には理解してもらえない。
その理解してもらえないことを拒否したって、自分の考えが他の人や社会に周知されるはずもない。
おいら化物顔からすれば、美青年好きのホモだかゲイだかには足蹴にされ事とだが。
あるいは見ただけで悪寒ごとの小学女子に化物顔は不審者として110番されることになったが。
こうしたことを矯正するとか拒絶するとかを社会に求めてもまるで無理。特に美青年好きのホモだかゲイとかならなおさら
一方で、おいら化物顔でも普通に対応してくれる人はいるのだから、そういう人を求めていた方が自分のため。
社会の中では変えることの困難な考え方はいくらでもあるわけで、そこが「有るから」とか「変わらないから」とかいちゃもん付けても城塞に肘打ごと(暖簾に腕押し)。

結局、「・・・そうあるべき」「・・・でなければならない」「自分の考えとは違うからそれは間違いだ」調の人は相手にしない方が、いらぬ労力を使うことにならなくて良い、と言うことになる。
って、問題なのは「自分の考え」ということだが。
「・・・そうあるべき」「・・・でなければならない」「自分の考えとは違うからそれは間違いだ」調の人は相手にしたくない、と言うか相手にされてない、と言うことだから、自分がこうした傾向なら、他の人に相手にされていないということだ。
相手にされていないということは、自分の考えは通らないし、相手にされていないとなればボッチということで孤独ということになる。
自分の考えが通らないからボッチで良いとなれば、自分の考えを主張することが意味が無いことになる。
えーい、暴走族がうるさい!。
ということが社会の現実で、そのそれぞれの人が「自分の考え」を「・・・そうあるべき」「・・・でなければならない」「自分の考えとは違うからそれは間違いだ」と強行に主張したらたまったものではないわけだが、つーか収集のつかない混乱した状態になるところだが、かなりの人が社会性があるとかすることで、社会が一応機能している。
もちろん「声を上げる」事は必要なことだが、そのためには、「自分が折れる」「自分が退く」理解や心構えは必須だということ。
暴走族は決して折れてくんない・・・ジェンダー系とか。
「自分が折れる」「自分が退く」つまり「自分が変わる」と言うことだが、「自分が変わる」こと以上に社会の個々の人を「変える」と言うことは難しい。つまり「変わらないことが悪い」ということはまるでお門違いの言い分ということである。
こうしたことを、大学心理学か認知科学かなんか知らんが、オタクの頃からでも社会に周知させてこなければならなかったはずだが、大学学問は何をしてきたのやら。
「KY」の時に空気の方を大学は問わなかったことで、おいらは大学とかの社会の理解に不信感を向けている。
だいたいジェンダーかなんか知らんが、それこそ社会学か認知科学か知らんが「自分の考えを言う、人の意見を聞くところの理解」を元に主張する、ことにしなければならないのに、「・・・そうあるべき」「・・・でなければならない」「自分の考えとは違うからそれは間違いだ」、に執着しているだけでなく、大学関係者から社会学か認知科学か知らんが、「自分の考えを言う、人の意見を聞く」ところの理解を問うことがないことで、なおさら大学に不信感を向けずに入られない。


まだまだうだうだ愚痴るが、また次回。


|

« 日の丸セントリフュージュで拷問 | Main | 8月6日なんて止めてしまえ! »

Comments

Enter your full email address underneath the "Account name"
along with your password under "Password. Gmail will upload roughly 200 emails per 90 minutes so according to the number of emails you happen to be converting, this process could take a while.

Posted by: gmail.com login | 2015.08.05 at 03:23 AM

Searching the web, tapping out texts, updating your status into your favorite social networking internet site, and drafting emails are produced simple and fast with the large 3. Gear management, auction halls, crafting with several professions and no limit the amount of professions you can have, dungeons, raids, guilds, daily quests, item malls and even pvp. You'd be surprised how rare decent-looking one column Word - Press themes are.

Posted by: Comment pirater un compte snapchat | 2015.08.07 at 02:45 AM

Pastries: The traditional breakfast pastries for example croissants are generally vegetarian.

Posted by: www.ibbetania.net | 2015.08.07 at 08:31 AM

When I originally commented I clicked the "Notify me when new comments are added" checkbox and now each time a
comment is added I get four e-mails with the same comment.
Is there any way you can remove me from that service?
Bless you!

Posted by: company website | 2015.08.07 at 02:18 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11885/61994473

Listed below are links to weblogs that reference 大学研究では人類は宇宙に永住できない:

« 日の丸セントリフュージュで拷問 | Main | 8月6日なんて止めてしまえ! »