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滅びへの標榜・人間の墓標

http://ossann.cocolog-nifty.com/syoudonitadayoite/2008/11/post-4dc5.html

 ここらで、多少の超能力らし事を書いたが。

 チャンネルを回すせば、大家の小説のドラマ化で、鼠が迷路を迷っているのに、少女が右だの左だの。

 もっとそれらしき表現があろうと思うが。

 あいにく、文字として並べるには、簡潔さが必要であろうし、ドラマ化の担当者としては、超常現象に理解が必ずしもあるわけではなかろう。

 実際、今までの創作物においても、そういう能力を実感して書いているわけではないのだろうから、言葉あるいは念じることに頼らなければならないのだろうからいたしかたないか。

 だがしかし、例えば職人芸などの超人的な技巧など、さして力あるいは根を詰めて成さしめてる分けでもあるまい。

 そういうところで肩に力が入ることをすれば、超人的な技巧もできはしまい。

 一方で、難なくするというのは、ドラマチックになりはしないだろうし。

 といって、鼠が右左とか、人間の語彙を獲得しているとして描くのは陳腐にしか受け取れない。

 他の生き物が人間の言葉を話すということの違和感は、他のレスですでに書き記していることでもあるし。

 さらにテレパシー、日本語で言うところの精神感応のIDの問題。

 その送り手が誰であるのかを、どのように確定させしめるのだい?。

 電話であれば声質と抑揚、その人らしい言葉遣いといったものがあろう。

 物語では、さも特定の、あるいは事件が起きたときには特定できないように描くものであるが、さて、実際体得することの無き我々にとって、テレパシーで相手を特定するというのは、どのような手順によってなされなければならないのか?。

 んだから、ちーとそのへんから苦労して今回描いてみたが、まぁ徒労だろう。

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